「世界との差はわかった。あとはそれを縮めるだけ」中部電力カーリング部の決意

日本の女子カーリング界で最強といえば、1年半で大きな成長を遂げた中部電力カーリング部だ。平昌五輪銅メダルチームのロコ・ソラーレを破って日本一になったチームの目は、北京へと向いている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.766より全文掲載)

取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴

(初出『Tarzan』No.766・2019年6月13日発売)

平昌からの1年半で変わったこと。

今、日本の女子カーリング界で最強といえば、中部電力である。この競技で思い出すのは、昨年開催された平昌オリンピックであろう。女子日本代表のロコ・ソラーレが見事、銅メダルを獲得して、カーリングは一気に盛り上がった。

今年2月に行われた日本選手権で、中部電力はこのロコ・ソラーレと3回戦い、3連勝して優勝したのだ。そして、世界選手権に出場。3位決定戦で韓国に敗れたが、4位入賞を果たした。平昌からほぼ1年半。なぜこんなにも短い時間で、素晴らしい進化を遂げることができたのであろうか。そう質問すると、リードの石郷岡葉純は、まずこう話し始めた。

中部電力カーリング部

「ポジション変更をしたんです。各人がどのポジションが合っているか、全員で話し合って決めました。自分を一番わかっているのは自分なので、それがよかったんだと思います」

簡単にカーリングのルールとポジションについて触れたい。まず、敵味方の4人の選手が交互に2投ずつ、ストーンを投げて戦う。最終的にハウスと呼ばれる円の、より中心にストーンが残ったチームに得点が入る。

たとえば、ハウス内の一番中心に近いのが黄色だとまず1点。次がまた黄色だとさらに1点だ。その外が赤だと、黄色に計2点が入る。試合ではこれを10回繰り返し、合計得点で勝敗を決する。ポジションは、最初に投げる選手がリードで、以下セカンド、サード、フォースと呼ぶ。

実際のゲームでは、相手に弾き出されないような場所に自分たちのストーンを置いたり、中央にあるストーンを隠すような位置に投げたりと、相手の策を読み、自分たちが有利になるようにゲームを進めていくのだ。氷上のチェスとも呼ばれ、体力と頭脳が試される競技なのである。

彼女にフォースをやらせたかった。

「私はずっとリードだったので、やりたいって言いました。最初に投げるので、何もない氷上のど真ん中にストーンを置くのが好きなんです。リードは職人って言われるんですが、極めていきたいと思っています」と、石郷岡は続けた。

リードが置いたストーンを起点としてゲームは展開していく。つまり、いかに安定して、作戦に沿った場所にストーンを投げられるかが重要。職人と呼ばれるのもわかる。セカンドは中嶋星奈だ。

「セカンドはドロー(ストーンをハウス内に留める投げ方)やテイクアウト(相手のストーンを弾き出す投げ方)など、多彩なショットが必要。私はテイクアウトが得意なので、このポジションがいいと思いました」

テクニックを駆使して、チームが有利になるストーンの配置を作り上げるのだ。サードは松村千秋である。

中部電力カーリング部

「前はフォースだったんですが、自分には向いてないと思ったんです。最後に投げるときに、決まらなかったらどうしよう、とか余計なことを考えてしまう。サードならフォースだった経験を生かすことができると思ったんです。いかに簡単なショットをフォースに残せるかが、このポジションの大切な役目ですからね」

そして、松村のバトンを受け取るのが、フォースの北澤育恵である。松村が言うように、このポジションは特別な緊張を強いられる。何といっても、得点に直接繫がるからだ。

「ジュニアのときから、すべてのポジションを経験していたので、どこでもできるとは思っていました。だから自分からフォースって言ったわけじゃないんです。決定力が必要なので、まだまだ自分は力不足ですね。それで失敗することもありますが、悔やんでも仕方ないので、試合のときは切り替えるようにしています」

最年長でまとめ役の松村は笑う。

「ここが私と違うところ。北澤は緊張しないし、得点を入れるイメージが頭にある。決めるぞという強い意志も持っている。ずっと、彼女にフォースをやらせたかったんです」と。

両角友佑コーチからの指導は大きかった。

カーリングでは、重要な役割が2つある。そのひとつがスキップだ。チームの作戦を立てる、いわば司令塔である。これは、セカンドの中嶋が務める。普通、スキップは経験豊富な選手が受け持つ。さまざまなストーンの配置を見知っていれば、作戦の引き出しも多いからだ。だが、中嶋はチーム最年少なのである。

「迷うことも多々あります。ただ、わからないときは、みんなに相談しますし、3人がこっちのほうがいい、と言ったら、ほぼそれで決まっちゃいます(笑)。もっと、しっかりしなくちゃいけないんですけど…」

中部電力カーリング部

「世界で見ると、スキップはベテラン選手が多いです。が、これからオリンピックなど先を見据えたときに、スキップというポジションを確立していけたら、強くなれると思った。中嶋は最年少ですが、北澤とずっと同じチームだったし、石郷岡とは歳が近い。だから、試合中に何でも言い合えるし、経験を積んでいってもらいたいと思っています」(松村)

もうひとつの役割がスウィープだ。ストーンは氷上に投げられると、曲がって進む特性がある。カーリングとは、曲がる=カールから来る。スウィープは氷の表面をブラシで擦ることで、ストーンの直進性を高める。擦ったり、やめたり、また擦ったり。こうして、目指す場所へストーンを誘導するのだ。北澤はスウィープも務めているが、それがショットにも役立っていると言う。

「ハウスに立って、ラインを目で見て、なおかつスウィープすると氷の状況がよくわかる。それを、ショットにも活かせていけるんですよ」

また、スウィープは体力勝負である。1大会で体重が2kgも減ることもあるという。この競技はフィジカルの要素も多分に含んでいるのだ。

さらに、中部電力が強くなった理由がある。平昌オリンピックの男子カーリングにも出場した、日本ナンバーワンのスキップである両角友佑がコーチに就任したのだ。経験豊富な両角から指導を受けたことは非常に大きかった。

中部電力カーリング部

「全員がそれぞれ投げ方にクセがあったんです。でも、自分たちではわからなかった。クセによってストーンの進み方が変わってくるんです。チームの全員がなるべく近い投げ方をすることで、氷を読みやすくなる。それを修正してもらえたのはとてもよかったと思います」(石郷岡)

「スキップとしては戦略面ですね。今まで迷っていたことも、コーチに相談することで正しい方向に持っていけるようになった。最初のころは、こんな方法があったのかと驚かされたこともありますが、今では理解できるようになりました」(中嶋)

「ショットの選択肢の幅が広がりました。自分たちがまったく見えていなかった部分を教えてもらえたのは大きいですね。それに、試合後に“あのときの作戦は合っていたのかな”という問いの正解を、自分たちだけでは見いだせずにいた。両角コーチがついてくれるようになって、その答えもわかるし、どうすればよかったかということも、理解できるようになったんです」(北澤)

今から3年間の経験が重要になる。

今、彼女たちは中部電力の社員として働きながら、競技を続けている。シーズンに入ると、長野県の軽井沢アイスパークで1日2〜4時間の氷上練習。それに2~3時間の陸上でのトレーニングがある。

「内容は、全員がほぼ一緒だと思います。器具を使うのであれば、ベンチプレスとか、スクワットとか。もちろん、体格差があるので重量は個人によって違いますよ。それに自体重を使ったトレーニング、フッキンとか体幹ですね。あとは、個人で足りないぶんを補う感じです。私は持久力をつけるために、1時間ほどのランニングをしています」(松村)

「私は……、フッキンとストレッチですね。毎日、やってます。好きなんです(笑)。自分は中学校3年生まで新体操をやっていて、ずっと腹筋を鍛えていたんです。それが続いているんですね。でも、腹筋があるとスウィープしたときに力が入るし、氷の上でもカラダのブレがなくなると思っているんです」(北澤)

何回ぐらいやるのか聞くと、トレーナーにもらった腹筋のメニューを一通りと答える。チームの全員が同じメニューを持っているが、毎日やるのは北澤だけ。軽く100回は超えていると他の3人は声を揃える。

中部電力カーリング部
左より/石郷岡葉純(いしごおか・はすみ)/1996年生まれ、青森県出身。160cm。14年に行われた日本選手権で東北代表として出場。中嶋星奈(なかじま・せいな)/97年生まれ、長野県出身。152cm。高校時代は軽井沢ファイアーボンバーというチームで活躍。松村千秋(まつむら・ちあき)/92年生まれ、長野県出身。162cm。11年より中部電力に加入。チームのまとめ役。北澤育恵(きたざわ・いくえ)/96年生まれ、長野県出身。164cm。高校2年時にスキップとして日本選手権に出場。

さて、次のオリンピックは2022年、北京で開催される。日本代表に選ばれる条件は2つ。ひとつは20年、21年の日本選手権での連覇。この場合は即決定である。そして、優勝チームが分かれた場合は2~3チームでの日本代表決定戦が行われる。今のところ最有力候補の彼女たちは未来をどう捉えているのだろう。

「リードは特徴のあるショットが武器なので、その精度を極めたいです。今シーズンは日本代表として大きな大会に出場できるので、チームの技術を向上させたいです」(石郷岡)

「経験が浅いので、今から3年でどれだけそれを積めるかが一番重要になると思います。それから、大会に出場すると終盤に力が落ちやすいので、持久力をつけたいです」(中嶋)

「試合のなかでの波があるんです。いいときはいいんですが、悪くなると崩れる。ずっと同じ波で進めるようにしていきたいですね」(北澤)

「今年の世界選手権で、世界との差を感じました。ショットの精度であったり、経験の差であったり。でも、早い段階で見られてよかった。その差を埋めていくことで、来年、再来年の日本選手権、そしてオリンピックに繫げていきたいです」(松村)