なぞ多き、耳鳴りと難聴の関係。
鋭い金属音が、あるいは不快な重低音が、いつのころからか絶え間なく続き、いつしかその音はやんでいた…。嫌な耳鳴りを経験したことのある人は、決して少なくないだろう。
耳鳴りには血流などの起こす雑音や呼吸音、心拍や筋肉の動きに伴う生理的なもの、あるいは前回「めまい」の項で取り上げたメニエール病や突発性難聴、はたまた外リンパ液が内耳から中耳に漏れ出す外リンパ瘻などの疾患に由来するものもある。
その一方、聴覚、中枢神経に問題があり、本当は音など鳴っていないのに、音を感じる人もいる。そして、この場合、非常に多くは難聴を伴うことが知られている。
難聴のせいで耳鳴りがするのか、耳鳴りのせいで難聴になっているのか、詳しくはわかっていない。
なぜ中高年はモスキート音が聞こえないのか。
さて、耳そのものに問題のない耳鳴りも多いにせよ、耳に関するおさらいはしておこう。
耳は驚くほど繊細、緻密にできている。前回も述べたが、音は外耳道を通って鼓膜に達すると、耳小骨に振動として伝わる。耳小骨の振動は蝸牛に伝わり、それが内部を満たすリンパ液を揺らす。蝸牛の奥にはコルチ器と呼ばれる部位があり、そこには有毛細胞が並んでいる。
リンパ液の振動が有毛細胞を揺らすと、それが電気信号に変換されて、蝸牛神経にパルスとなって伝わり、脳にシグナルが届く。音を聞くというのは、この一連の流れだ。
ところが加齢や大きな騒音を聞き続けるようなことがあると、有毛細胞にダメージが蓄積したり、脱落してしまうことがある。一度ダメになった有毛細胞は再生することがない。かくして、特定の波長の音が聞きにくくなって、難聴を発症することがあるのだ。
難聴とまでいかなくとも、年とともに聴覚は衰える。一般的には高音から聞き取りにくくなるのは知られた事実。若い人なら鋭敏に聞き分ける非常に高い音(モスキート音)を中高年の耳は苦手とする。難聴も高音を聞き取りにくい人が多い。
聞こえもしない音を脳が勝手に聞き始める!
すると、どうなるか? 聞こえにくい音域があると、脳はおのずと聞こうとして緊張度を高める。交感神経が優位になって、ひたすら聴覚を研ぎ澄まそうとする。その結果、遂には鳴ってもいない音を聞いたように感じ始める、というのがいま広く受け入れられ始めている説明だ。
騒音以外にも加齢がリスクなので、聴覚で悩む人の声を聞くと、年を重ねるにつれ耳鳴りを訴える人は確実に増えている。
カラダのどこかに目で見てわかる変化があれば、治療手段も工夫できるだろうが、脳の緊張で耳鳴りが起きているとすれば事情は厄介だ。ストレスがそもそもの引き金だとしても、そう簡単に環境は変えられない。
かといって、手をこまねいていると、耳鳴りは生活の質を確実に低下させてしまう。聞きにくい状態を放置し、いい加減に聞き流し始めると、認知症のリスクを高めることも警告され始めている。
「人間心理」を利用した治療法。
難聴も始まってから2週間以内に耳鼻科を受診すると、回復の可能性は高いし、加齢による難聴も耳鼻科を定期的に受診することで早期発見は可能だ。聞こえにくい状態を放置せず、医師と相談のうえ、適切な段階で補聴器を使い始めると、脳の緊張を解いて、耳鳴りを静めることにもつながるだろう。自覚があるなら検討すべし。
ただ、耳鳴りは受け止め方に個人差の大きい現象だ。同じような音を感じていても、まったく平気で聞き流せる人がいれば、ひどく気に病む人もいる。たとえば涼しく快適な部屋で過ごしている人が、静かなエアコンの音を不快に感じるだろうか? 清流のせせらぐ音を嫌がるだろうか?
いま、耳鳴り治療の現場で広がりつつあるTRT療法というのは、この人間心理を応用したもの。
補聴器によく似たサウンドジェネレーターを耳に装着し、耳鳴りが少し聞こえる程度の音量で心地よい治療音を聞くことで、耳鳴りに対するネガティブな感情を消していくのが狙い。
効果は1~3か月から表れ始め、1~2年で十分な順応が得られ、人によっては耳鳴りをほぼ気にしないでいられるようになる。治療法は日進月歩だ。不快なら、なるべく早く耳鼻科を受診しよう。