7重跳びのギネス記録保持者・森口明利が“8重”にこだわり、挑む理由

ジャンプするのが大好きだった少年は、ギネス記録を保持するまでに成長した。そして未だ成し遂げられないでいる8重跳びを成功させるために、日々跳び続けているのだ。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.819〈2021年10月14日発売号〉より全文掲載)

取材・文/鈴木一朗 撮影/鈴木大喜

初出『Tarzan』No.819・2021年9月22日発売

そのロープはほとんど見えない

縄跳びのギネス世界記録にその名を留めているのが森口明利だ。5重跳び連続26回、6重跳び連続4回、7重跳び1回などが、その内容である。子供の頃に2重跳びをするのも苦労したという人も多いはず。それが…、なんと7重跳びである。

両足が地面を蹴って、空中へと跳び上がり、地上に降りるまでに足元を7回ロープが通過する。といっても、そのロープはほとんど見えない。ヒュヒュヒュッと空気を切り裂くような鋭い音が連続して響くだけだ。映像で再確認することで、回数がやっとわかるということになる。

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「名が示すように、縄を跳べば、それが縄跳びです。いろんなバリエーションがあって、私のように回数を究めるのも楽しいですし、たとえばダブルダッチ(2人の回し手が2本のロープを交互に回し、ジャンパーがさまざまな技を交えて跳ぶ)も面白い。単純に音楽に合わせて跳ぶってのもいい。いろんな楽しみ方ができるのが、縄跳びのひとつの魅力だと思います」

健康にもよろしい。森口は同年代の男性に比べ、骨密度が1.5倍も高いという。骨は縦方向の刺激に対抗するように強くなるので、筋力と併せて脚を強く保てるというわけだ。

そして、この縄跳び。今、オリンピックの競技になるべく、IJRU(国際ジャンプロープ連合)によって、さまざまな努力が続けられているのだ。

「28年のロサンゼルス・オリンピックの縄跳び・ダブルダッチの正式種目を目指しています。そのためには、まずIJRUに加盟している40か国の団体が各国のスポーツ組織に加入することから始まる。

日本で言えば私も理事を務めるJJRU(日本ジャンプロープ連合)が、日本スポーツ協会に加盟するための書類を作っている段階です。それで、JJRUの理事長には増田明美さんになってもらいましたから、書類の通過まではいけそうだと思っているんですけどね(笑)」

マラソン解説の増田明美さんが理事を務めるなら心強い。ただ、オリンピック競技になっても、その種目はシングルロープフリースタイル(1人で縄を跳び、技を競う)、シングルロープ30秒スピード(かけあし=30秒で何回跳べるかを競う)、ダブルダッチなどになる予定だ。

森口が行う一度のジャンプで何重跳びができるかという種目は入っていない。それなのに、なぜこの種目を森口は追求しているのか。彼は今も8重跳びを成功させるため、ロープと日々向き合っている。その理由を聞くと、「本当に跳ぶこと、ジャンプが好きなんですよ」と、照れくさそうに笑うのだった。

「脚力と回す技術」双方が必要

日本の英才が集う京都大学。ここに入学したときに、縄跳びと出合う。もともと運動は得意。小学校のマラソン大会はほぼ1位。それより何より跳躍力がすばらしかった。

高校では生物部、つまり文科系だったのだが、居並ぶ運動部の選手を押しのけ、立ち幅跳びで1位になった。その距離約3m20cm。まず跳べないだろう。

「大学に行って、縄跳びのサークルに入ることにしたんです。とにかくジャンプが好きだったんで(笑)。縄跳びでもいろんな種目を試しましたよ。スピードとかもやったけど、あれは逆に跳ばないじゃないですか(30秒間で跳んだ回数を競うには、いかに低くロープを越えるかが重要)。だからあんまり好きになれなくて。それで、思いっきり跳べるということで選んだのが、何重跳びができるかという種目だったんです」

7重跳びを成功させるためには跳躍での滞空時間が0.7秒は必要らしい。そして今、彼が目標とする8重跳びとなると0.81秒だという。カギになるのはまず脚力なのだ。

「スクワットやグッドモーニング(背中と太腿裏のトレーニング)、プライオメトリクスという台の上から跳び下りたりするメニュー、それに片脚ジャンプなどを行っています。

右利きなのでそれを意識して、左右バランスに気をつけていますね。骨盤をやや前傾させるようにするのもポイント。ジャンプするときには腿の裏側や尻の筋肉が大切なんです。スクワットだったら、145kgのウェイトで5回ぐらい繰り返します」

だから、身長170cmでダンクシュートができるというジャンプ力が生まれる。そして、もう一つ欠かせないことがある。縄跳びを回す動きだ。森口が目標としている8重跳びなら最低でも0.81秒間に8回、ロープを回さなくてはならない。

「いくら跳んでも、回すのが遅かったら全然ダメですから(笑)。動いているのは手首だけに見えますが、肩から腕全体をしならせるような感じで使っています。下半身とは違い、腕はそれほど鍛えてはいません。

一日何分か跳んで、回す感覚を練習しています。私が縄跳びをやっていると、跳ぶ練習をしていると思う人が多いのですが、実は回す練習なんです。跳ぶほうはトレーニングで筋力を養うことが大切なんですよね」

跳ぶにはアドレナリン、回すにはリラックス

難しいのが、跳ぶことと回すことは正反対の動きだということ。脚で爆発的な力を出すためには、筋肉を瞬間的に収縮・伸展させることが必要である。ところが回す動作では、筋肉をいかに柔らかくしなやかに使えるかがポイントとなるのだ。

「ジャンプはアドレナリンが出れば出るほど跳べるんです。でも、回すためにはリラックスしなくてはならない。だから跳ぶ前には、手や腕のすぐ下にある神経をさすったり、撫でたりしています。神経伝達も速くなるような気もしますしね。

これは、カイロ(プラクティック)の先生に教えてもらって、今はルーティンになっています。どれぐらい効果があるかはわかりませんが、先日は7重跳びを0.682秒で回せたんです。これぐらいだと、滞空時間が0.8秒にギリギリ届かなくても、8重跳びができるかもしれないんです」

さらに、森口のチャレンジには、必要不可欠なものがある。それがシューズとロープだ。

シューズは日本のメーカー、アキレスのスポーツシューズ《HYPER JUMPER》の特注品。衝撃吸収と反発弾性という正反対の性質を持ったソール素材が、彼のジャンプをサポートする。

ロープはグリップとの連結部にボールベアリングが使用されていて、指で弾くとまるで摩擦がないようにクルクルと回転し続ける。とてつもなく滑らかだ。さらに、ロープの素材にも強いこだわりがある。

「縄跳びのロープってビニールだったりステンレスだったりしますが、一番いいのは何だろうと考えたとき東京製綱(ワイヤロープのメーカー)と出合った。それでタングステンという素材に行き着いたんです。

タングステンは原子番号が74で、鉄は26。原子番号が大きいということは、密度が高い。つまり重いまま細くできる。本当は原子番号78の白金があるのですが、ご存じの通りとても高価です(笑)。

今、使っているロープは18gで直径は0.85mm、これがほぼベストだと思っています」

さすが京大と言おうか。自身の競技のためには何が必要かを科学的に分析して、結果を出してきたのである。ただ、その探求心溢れる目には限界も見えている。

「自分の中では、あらゆるものを最適化した結果、どこまでいけるのだろうという部分がありました。それで計算していくと、8重跳びまではできそうだということになった。

9重跳びはやりませんね。ジャンプはもう限界近くに来ていますし、回すほうはここ2年間で、7重跳びで100分の2秒速くなったのですが、9重跳びには足りない。だから、8重跳びの挑戦が基本の軸になります。

それに、今はコロナでできにくくなっていますが、小学校で子供たちに縄跳びを教えたり、その楽しさを伝えていきたいというのもあります。あとは、オリンピック正式種目を目指すために、JJRUをしっかりした組織にしていくのも大きな仕事になってきますね。

自分自身の出場ですか? ロープを回す技術は世界でトップだと思っているから、30秒スピードなら可能性としてはなくはない。ただ、開催されるときには39歳。脚がどうなるか(笑)」