競泳金メダリスト・大橋悠依選手の泳ぎを支える自体重トレ

東京五輪で競泳日本女子史上初の2冠を圧巻の泳ぎで勝ち取った大橋悠依選手。「自体重トレは欠かせません」と断言する金メダリストのトレーニング観とは?(雑誌『ターザン』、No.823〈2021年11月25日発売号〉より掲載)

取材・文/門上奈央 撮影/下屋敷和文

初出『Tarzan』No.823・2021年11月25日発売

大橋悠依の自体重トレ

大橋悠依選手の金メダルトレーニング

東京五輪では圧倒的な速さを見せつつも、ゴール後には胸を押さえ“ほっとした”とポーズ。メダリストらしからぬ親近感を見せた大橋悠依選手。日本女子の同一大会金メダル複数獲得は夏季五輪初の快挙。実は大橋選手は自体重トレーニーだ。

大橋悠依 選手

大橋悠依(おおはし・ゆい)/1995年生まれ。イトマン東進所属。9歳の時に50m背泳ぎでジュニアオリンピックに初出場。今年開催の東京五輪で400m・200m個人メドレーで2冠達成。写真提供/アフロ

「大学に入学した頃から、水中練習に取り組む前に自体重トレをしています。頻度は週9回程度で、ストレッチも含めて1時間程度、時間がない時も30分は鍛えます。ランジや腕立て伏せ、バーピーなどの約14種目を一挙に行い、動きを出しつつ各部位に刺激を入れていきます。

ただ鍛え始めた当初、トレーニングに注力しすぎて疲労が溜まり泳ぎが崩れてしまったり、全身が力んで力ずくで泳ぎ後半に失速してしまった経験も。最近は体調を見ながら種目数や強度を日々調整しています」

その点、ウェイトトレより自体重トレの方が向いているそう。

「私はカラダがあまり強くなく、筋肉量も少ない方。関節も軟らかくて重量を扱うとケガしてしまうので、自体重トレが合っています。瞬間的な力発揮が必要な短水路ならウェイトトレがやはり大事。

でも長距離では水への抵抗を極力減らし、カラダをうまく使うのが重要で、体軸を保ちながら腕や脚を回すような泳ぎ方が理想です。なので体幹の筋力は全種目に必須。またそのつど動かしたい部位に適切な刺激を入れる能力も不可欠です」

だからこそオフ日以外はシーズン問わず、体幹トレを欠かさない。

「体幹だけでも毎日最低5種目は行います。ただし体幹を固めすぎるのも自分の泳ぎには合っていないので、いい塩梅を日々探っています」

フォームを崩さず正しく刺激を入れる

また大橋選手はメドレーを専門とするため、取り組む種目も幅広い。

「背泳ぎで重要なのは背面の筋肉のコントロールです。水をつかむのに重要なのが、広背筋や肩甲骨の下の肩甲下筋で、これらが弱いと水をかく時に肩が上がり力んでしまう。広背筋と肩甲下筋だけを使った最小限の力で、水を“面で押していく”という意識でまっすぐに腕を下ろすのが理想です。また臀筋も大切で、ランジや片脚ルーマニアンデッドリフトなどに取り組みます。

水泳で最も体幹の筋力を要するのは、体幹で上下するバタフライ。平泳ぎでは力を使わずに泳ぎたいので水をかくために使う筋肉より、手を伸ばした時にスッと伸びた姿勢を保つための筋力がいる。この時に重要なのは体幹と臀筋群で、これらに刺激が入っていれば、いい具合に脱力できて美しいストリームラインにつながります。

自由形は横を向いて息継ぎをしますが、上体をひねる時に腹斜筋を駆使するのでツイスト動作の入った種目を複数種類行います」

さすがトップアスリート。動きと選ぶ種目に無駄がないのは彼女の試行錯誤の結果なのだろう。

「今は強化期間ではないので、その時々で必要な種目を厳選して行います。そのうちの一つである懸垂は、バタフライの瞬発的な力発揮が求められるストロークを想定し、素早くカラダを引き上げる。また脚にはチューブをかけてアシストをつけて正しいフォームを心がけます。

結局、自体重トレをする時に一番重要なのは、フォームを崩さず効かせたい筋肉に正しく刺激を入れることだと思うんです。実は私、腕立て伏せって膝をつかないとできないんですよ(笑)。でも無理に爪先立ちで行ってフォームが崩れるくらいなら、膝つきでも体幹を常に意識して行う方がずっと有意義だと思っています」

まさに金言。重量にこだわってしまうトレーニーは多いが、金メダリストの大橋さんが言うのだから、質を見直すのも必要かもしれない。

大橋選手が重点を置く筋肉

大橋選手が重点を置く筋肉。カラダの前面は体幹、背面は臀筋が要。数字はなんと直筆!

「“こんなふうに泳ぎたい”というイメージが自分の中に明確にあり、それをレースで再現できた時に泳ぐ楽しさを心底感じるので、今後いっそう極めていきたいです。

海外にはパワーが強い選手がたくさんいますし、体格も私より大きいです。それでもカラダを正しく動かして筋肉に的確な刺激を入れる能力をとことん突き詰めれば、レースで勝てる。特に競泳女子に関してはそう感じます。これこそ私が感じる水泳の面白さであり、そういう点でも自分に向いている競技だと思います」

今回の取材のオファーを受け、ルーティンで取り組んでいる種目を改めて一つずつ書き出したという。

「自体重トレが私の泳ぎにとっていかに大事か、このインタビューを通して改めて再確認できました!」

と“自体重LOVE”を語った大橋選手。この謙虚さで何事にもひたむきに向き合う彼女は、今後さらなる進化を遂げるに違いない。

大橋選手の泳ぎを支えるテッパントレ

身一つで、またはおなじみのギアを活用してスイムのパフォーマンスに直結するようアレンジした自体重トレで自らを鍛錬する大橋選手。彼女が重要視する種目を一部公開。

下半身を固めつつ上半身を動かす背泳ぎに似た動き

下半身を固めつつ上半身を動かす背泳ぎに似た動き

左足を前に出すと同時に右手を上げ、上体をツイスト。臀筋群と体幹を一挙に鍛える。「臀筋群が強いと背泳ぎで脚が落ちても水面近くで泳げます。下半身を固めたまま上半身だけを動かすのが大事」。

泳法によりターゲットを変えて

泳法によりターゲットを変えて

四つん這いになり膝をついたまま頭頂部から膝をまっすぐ保って肘を曲げ伸ばし。一般的に腕立て伏せのターゲット(強化する部位)とされるのは胸や腕だが、大橋選手は胸と背中を意識。「入水時やバタフライでは胸筋、背泳ぎでは水をかくうえで背筋が大事です」。

ターンを行う時の壁蹴りを強化

ターンを行う時の壁蹴りを強化

アルミ素材のコンディショニングツール《アシスティック®》を肩に乗せ、お腹を力ませたまま膝を曲げてかがみ、その場で跳躍。20回程度続けて行う。「ターンして壁をバーンと蹴る時の力発揮に近い動き。お尻を締めた正しい姿勢にも◎」。

自由型の息継ぎをスムーズに

自由型の息継ぎをスムーズに

仰向けになり8割程度空気を入れたトレーニングボールを両膝で挟んだら、上体をひねりながら起こして右手で左膝をタッチ。元の姿勢に戻り左右交互に行う。「自由形の息継ぎの動作は腹斜筋が大事。また内転筋が強いと、脚を自然に閉じられて正しい姿勢を保てます」。

ドルフィンキックの動きを体幹だけを使って再現

ドルフィンキックの動きを体幹だけを使って再現

床に前腕と肘をつき、両脚を揃えた状態でローラーに足首を乗せる。体幹だけを使いお腹でうねりをつくるように上下に動かす。「バタフライのドルフィンキックの腹筋の使い方に近いです。体幹以外の力みを取り、なめらかに動かします」。

機能的な筋肉を育むストレッチも
背筋全体を伸ばすストレッチ

長さ調整可能な《アシスティック®》を床に立て、両手を重ねて、上体を反らせてスイムで駆使する肩甲骨まわりや背筋全体を伸ばす。

上腕筋を伸ばすストレッチ

スティックの両端を持ち片方の肘を棒に乗せて外に開いて、水をかく際に使う上腕筋を伸ばす。