太ると食欲が抑えづらくなる。食欲ホルモンの3つの真実

食欲を左右する要素はいろいろあるが、大きな影響を与えているのがホルモン。食欲に関連するホルモンには一体どんなものがあり、どんな関わりを持っているのか。食欲とホルモンの関係を深掘りする。

取材・文/井上健二 イラストレーション/naotte 取材協力/佐々木努(京都大学大学院農学研究科教授)

初出『Tarzan』No.836・2022年6月23日発売

食欲ホルモンの3つの真実。太ると食欲が抑えづらくなる悪循環

こちらの記事(「食べたい…」はどこから?食欲を左右するファクター3つ)では、ホルモンの観点から栄養系、報酬系、予測系という3つファクターで「食欲の正体」を解説した。今回は、さらに深掘りして「食欲ホルモン」の3つの真実をご紹介しよう。

真実1「消化管ホルモン」は栄養素を見極めて分泌されている

栄養系を司る消化管ホルモンは、胃と小腸から分泌されている。胃から出る消化管ホルモンの代表格はグレリン。胃が空っぽになると分泌量が増えて、食欲を促す。

小腸は全長5〜7mもある。入り口に近い十二指腸に分布するI細胞からは食欲を抑えるCCK、それに続くK細胞からは脂肪合成を促すGIP、出口に近いL細胞からは食欲を抑えるGLP-1などが出ている。小腸で消化管ホルモンを分泌する細胞は、各々反応する栄養素が異なる。

「栄養素に応じ、役割の異なる消化管ホルモンを分泌し、消化吸収をスムーズに進め、食べる量を最適化していると考えられます」(京都大学大学院の佐々木努教授)

腸管内分泌細胞の分布 と 分泌される消化管ホルモン

腸管内分泌細胞の分布と、そこから出るおもな消化管ホルモンをマッピングしてみた。グレリンは糖質や苦味、CCKは脂質やタンパク質(アミノ酸)、GIPは糖質や脂質、GLP-1とPYYは糖質、脂質、アミノ酸に反応して分泌されている。

たとえば、CCKを出すI細胞は食品中の脂質に反応。胃が食べ物を小腸へ送る蠕動運動を抑え、脂質分解を行う膵液や胆汁の分泌を促す。

糖質を消化する消化酵素は小腸内壁の表面を覆う上皮細胞の表面に存在している。でも糖質の摂取量が多く、小腸下部まで吸収されずに流れ着く糖質が増えると、それに反応してL細胞がGLP-1を分泌。胃の蠕動運動を抑え、血糖値を下げるインスリンの分泌を促し、糖質の消化が滞りなく進むように調整している。

真実2「消化管ホルモン」は迷走神経を介して脳に情報を伝える

ホルモンの多くは、細胞から血中に分泌されると、血液に乗って全身に広がり、受容体を持つ他の細胞にキャッチされて作用する。これを、エンドクリン型という。それに対して消化管が分泌するホルモンは、隣接している細胞に瞬時にキャッチされて作用する。これは、パラクリン型と呼ばれる。

消化管ホルモンをキャッチするのは、消化管に末端を延ばす迷走神経の細胞。自律神経のなかで、副交感神経に分類される神経システムだ。

迷走神経 イラスト 図

迷走神経は消化管、肝臓、膵臓などに走り、なかでも小腸(とくに上部の十二指腸)に高密度で分布。小腸では、表層の粘膜、小腸が消化物を運ぶ蠕動運動を担う輪走筋、縦走筋に末端を延ばして、消化管ホルモンの情報をキャッチする。

神経を構成している神経線維には、から末端へと情報を伝えるものが多い。これを遠心性線維という。一方、迷走神経の神経線維の75〜90%は、末端から脳へ向けて情報を伝える。これは、求心性線維。

消化管ホルモンは、求心性線維で脳に情報を伝える。血中に分泌されてから作用するエンドクリン型と比べると、神経経由のパラクリン型だからスピーディに働けるのだ。

「消化管ホルモンが血液を介して作用することも考えられますが、迷走神経を切ると消化管ホルモンが働かなくなることから、迷走神経を介したルートがメインと考えられます」

腸内細菌の存在がクローズアップされるようになると、“脳腸相関(ブレイン・ガット・インターラクション)”という言葉にスポットが当たるようになった。これは、脳と腸管が互いに影響を与え合う関係を指している。

この脳腸相関でより大きな意味を持つのは、消化管ホルモンと迷走神経の最強タッグなのである。

真実3 太ると「食欲を抑えるホルモン」の効き目が落ちる

食欲に関わるホルモンを分泌するのは、消化管だけではない。大事なホルモンを2つ紹介しよう。レプチンとインスリンだ。

レプチンは、脂肪細胞から分泌されるホルモン。脂肪細胞内の体脂肪が減ると分泌量が減って食欲を促し、体脂肪が増えると分泌量が増えて食欲を抑える。

カラダには、カロリーを感知する仕組みはないが、カロリー過多だと体脂肪が増えて、カロリー不足だと体脂肪は減る。だから、体脂肪の増減にリンクしてレプチンが作用すれば、カロリー摂取を適正化して体脂肪量と体重を一定にキープできる。

レプチンが正しく働けば、誰も食べすぎないし、太らないはず。その期待を込め、レプチンは、ギリシャ語で「痩せる」を意味する“レプトス”から命名されたのだ。でも、残念ながら、太るとレプチンの効き目が落ちるため、レプチン頼りで痩せるのは難しい。

続いてインスリン。インスリンの基本的な働きは、筋肉や脂肪細胞などに血糖を取り込ませ、血糖値を下げること。人体には、グルカゴンやコルチゾール、成長ホルモンのように、血糖値を上げるホルモンはたくさんあるが、血糖値を下げるホルモンはインスリンのみ。

加えてインスリンは、脳の視床下部に働いて食欲を抑える働きもある。レプチンと同じく、インスリンも太ってくると効き目が落ちるため、食欲が抑えられなくなり、太りやすくなるという悪循環に陥る。

インスリンを分泌する膵臓のβ細胞

脂肪細胞は体脂肪を溜める一方、多くのホルモンを出している。なかでもいちばん最初に見つかったのがレプチン。皮下脂肪の他、お腹の奥の内臓脂肪からも分泌される。インスリンを分泌するのは、膵臓のβ細胞。

ビタミン・ミネラルに関する食欲はある?

3大栄養素以外にも、カラダに必須な栄養素がある。ビタミンとミネラルだ。消化管ホルモンや舌の味細胞は、3大栄養素を感知してその過不足を伝える。ならば、ビタミン・ミネラルにも同じようなメカニズムはあるのか。

結論から先に言うと、ビタミン・ミネラルに関しては、ホルモンなどを介して“食欲”を伝える働きの存在は明らかになっていない。しかし、その存在をにおわせるヒントはある。

「大航海時代、長期の航海でビタミンC不足に陥り、壊血病で命を落とす船員が大勢いました。壊血病の原因がビタミンCの欠乏だとわかる以前、生き残った船員に聞き取った記録によると、彼らは(ビタミンCを含む)野菜や果物が食べたくなったと証言しています。それはビタミンに対する未知の感受性があることを示唆しているのかもしれません」