体にいいこと色々。腸内細菌が作る「短鎖脂肪酸」とは?

食物繊維を摂ると腸内細菌が作り出すのが「短鎖脂肪酸」やたらいいことをするそうだけど、いったい何者?

取材・文/井上健二 イラストレーション/泰間敬視

初出『Tarzan』No.840・2022年8月25日発売

短鎖脂肪酸の正体

Q. そもそも短鎖脂肪酸って何ですか?

食物繊維を摂る最大のメリットは、発酵により腸内で短鎖脂肪酸が増えること。まず、その正体を探ろう。

脂肪は、脂肪酸とグリセロールからなる。脂肪の性質を決めるのは、基本的に脂肪酸。炭素と水素からなる鎖の末端に、メチル基とカルボキシル基が付く。

この炭素の鎖が2〜6個と短いのが、短鎖脂肪酸。ヒトの腸内以外でも、牛などの反芻動物は胃で短鎖脂肪酸を作ってエネルギー源にするし、チーズなどの発酵食品にも微生物が作った短鎖脂肪酸が入っている。

炭素の鎖が6〜12個だと中鎖脂肪酸、14個以上だと長鎖脂肪酸と呼ばれる。こちらはどんなものなのか。

中鎖脂肪酸は、吸収されると直接肝臓に運ばれてエネルギーになりやすいことから、ダイエット向きの脂質として最近話題を集めている。

長鎖脂肪酸には、肉やオリーブオイルなどに含まれるオレイン酸、クルミなどのα–リノレン酸、青魚のEPA、DHAといったお馴染みの脂肪酸が含まれる。

Q. 短鎖脂肪酸の種類で働きは変わるのですか?

腸内細菌が作る短鎖脂肪酸は、主に酪酸、酢酸、プロピオン酸の3種。同じ短鎖脂肪酸でも働き方が違う。

酪酸の大半は腸管内で働く。腸管の細胞のエネルギー源になったり、腸管における免疫(腸管免疫)に関わったりするのだ。腸管内で大方が消費されるので、体内にはさほど吸収されない。

酢酸とプロピオン酸は、腸管の細胞のエネルギー源にもなるが、体内にも吸収される。なかでも、血中濃度が高いのが、ビフィズス菌などが作る酢酸。他の短鎖脂肪酸の10倍から100倍もの血中濃度があるという。

細胞は、短鎖脂肪酸をはじめとする脂肪酸をキャッチする“受容体”を備える。そこへ短鎖脂肪酸が結合すると、数々の作用が起こるのだ。

短鎖脂肪酸の特徴
種類 働く場所 機能
酪酸 主に腸管内 腸管のエネルギー源、免疫機能調整など
酢酸 腸管内+全身 腸管のエネルギー源、全身の代謝調整など

プロピオン酸

腸管内+全身 腸管のエネルギー源、全身の代謝調整など

腸内細菌が作っている酪酸、酢酸、プロピオン酸の違いを簡単にまとめてみた。酢酸は腸内以外でも、アルコールの代謝プロセスなどで体内では盛んに作られている。

Q. ダイエットに効くって本当ですか?

巷で短鎖脂肪酸が熱い視線を浴びているのは、気になるダイエットと深く関わっているから。短鎖脂肪酸を検知する受容体はエネルギー代謝に関わり、体重や体脂肪量を一定に保つ働きがあるのだ。

交感神経節には、GPR41という脂肪酸の受容体がある。交感神経は自律神経の一種で、脳から末梢へ枝分かれする中継点にあるのが、交感神経節。ここに短鎖脂肪酸が結合すると、エネルギー代謝が高まる。

一方、脂肪組織には、GPR43という脂肪酸の受容体がある。そこへ短鎖脂肪酸が結合すると、余計な糖質や脂質の取り込みをセーブしてくれる。

このダブルの作用により、短鎖脂肪酸は代謝を改善して肥満を抑える。この他、酢酸の一部は脳に入り、視床下部の食欲中枢で食欲を抑制するという。

太っている人が痩せたかったら、余分なカロリーを抑えつつ、発酵で短鎖脂肪酸を作る食物繊維の摂取を増やすのが、最優先なのだ。

Q. ダイエット以外でどんな効果がありますか?

交感神経や脂肪組織以外にも脂肪酸の受容体はある。

たとえば、前述のGPR41とGPR43は、膵臓でも見つかっている。ここに短鎖脂肪酸が結合すると、血糖値を下げるインスリンというホルモンの分泌が促進される。また、血管にもGPR41は存在しており、血圧の調整に関わっているようだ。

腸管の受容体に結合した短鎖脂肪酸にも、多くの働きがある。短鎖脂肪酸が増えると、GLP-1やPYYといった消化管ホルモンの分泌も増える。GLP-1はインスリン分泌を促すし、PYYは脳に作用して食欲を抑制している。

この他、酪酸は、腸管免疫の司令塔である制御性T細胞を活性化してくれる。

Q. お母さんの短鎖脂肪酸が少ないと子どもが太りやすい?

私たちの腸内細菌の多くは母親から受け継いだもの。親子の絆は、それだけではない。妊娠中の母親の腸内細菌がどれほど多くの短鎖脂肪酸を作るかで、子どもの太りやすさが決まるという説もある。

妊娠中、母親の腸内細菌が食物繊維を発酵させて作った短鎖脂肪酸は、胎児の体内に入り、胎児の短鎖脂肪酸の受容体の発現に関わっているようだ。仮に、胎児が母親から十分な短鎖脂肪酸を吸収できないと、その胎児では短鎖脂肪酸の受容体が少なくなることも考えられる。

すると生まれた子どもが、母親からもらった腸内細菌で短鎖脂肪酸をせっせと作り続けても、エネルギー代謝をコントロールする仕組みはうまく働きにくい。それにより、太りやすくなる恐れもあるのだ。

妊娠中に短鎖脂肪酸を作れない無菌妊娠マウスから生まれた仔マウスは、通常の妊娠マウスから生まれた仔マウスより、太りやすいことがわかっている。

無菌で生まれると肥満しやすい
通常妊娠マウスと無菌妊娠マウスの太りやすさの違い

通常妊娠マウスと無菌妊娠マウスから生まれた仔マウスを同一環境下で飼育。成熟後、肥満を起こしやすい高脂肪食で育てると、無菌妊娠マウスから生まれた仔マウスの方が太りやすくなった。Kimura et al. Science 2020

Q. 短鎖脂肪酸を外から摂り入れたらいいのでは?

酢酸などの短鎖脂肪酸がそんなにカラダにいいなら、手っ取り早く酢酸を含む酢を飲めば済む話ではないか。そんな疑問を持つ人もいるだろう。もっともだ。

外から摂った短鎖脂肪酸も、腸内細菌が作る短鎖脂肪酸と同じように働く。昔からヨーグルトなどの発酵食品が健康にいいとされてきたのは、短鎖脂肪酸を含むからだろう。

でも、食べ物で摂るのと、食物繊維から腸内細菌に作ってもらうのとでは、大きな違いがある。

短鎖脂肪酸は食べ物や飲み物などで口から摂ると小腸で素早く吸収されて代謝されてしまう。腸内細菌が作れば、一定濃度の短鎖脂肪酸が生み出され続けるので、より効果的なのである。