秋彩(スポーツクライミング)「自分らしい登りをするかが一番大事」
3年ぶりに出場したワールドカップ。ここで優勝して温かい拍手に包まれた。まだ、あどけなさをその表情に残す森秋彩は自分を追い込む練習を日々続けている。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.848〈2023年1月4日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/中川淳
初出『Tarzan』No.848・2023年1月4日発売
Profile
秋彩(もり・あい)/2003年生まれ。154cm。2017年、アジアユース選手権のリード、オーストラリア・インスブルックでの世界ユース選手権のリードで優勝。19年、中国・呉江でのワールドカップのボルダリングで3位。同年、日本の八王子での世界選手権のリードで3位。22年、スロベニア・コペルとイギリス・エディンバラでのワールドカップのリードで2連覇。
久々に観客の声が聞けて力になった。
2022年は、森秋彩にとってはうれしい一年であったろう。
彼女は新型コロナの影響や、大学への進学などのさまざまな事情により、昨年約3年ぶりに国際大会に出場した。それが、スロベニア・コペルで行われたリードワールドカップ第5戦であった。
スロベニアには、強力なクライマーがいる。ヤンヤ・ガンブレットがその人で、この試合までワールドカップ7連覇を果たしていて、東京オリンピックでは金メダルを獲得した。
会場には彼女を見ようと多くの観客が集まり、超満員の様相。完全なアウェイだが、そんな感じは微塵も受けなかったと森は笑いながら話す。
「歓声がすごくて、それに押されて、ガツガツ行けるような感じでした。それまで、無観客試合が多かったので、久々に観客の声が聞けて、それが力になりました。みんなヤンヤ選手を応援しているかなと思っていたんですが、自分のことも応援してくれて雰囲気もとてもよかったです」
この大会で森は、予選を首位で抜けると、準決勝を2位で通過して日本人で唯一決勝へとコマを進める。
決勝は8人で行われ、7番手が森、8番手がガンブレットだった。リードという競技は高さ12m以上の壁をどこまで登ることができるかを競うのだが、森は難しいセクションを苦しみながらも黙々と突破し、決勝ではこれまでの最高点に達する。
最終競技者のガンブレットは、その高さまで達することができず、森の優勝が決まった。日本人女子のリードでのワールドカップ優勝は、2013年の小田桃花以来2人目の快挙。さらに森はイギリスのエディンバラで行われた第6戦でも優勝したのだ。
「びっくりしすぎて、まだ信じられない気持ちのほうが大きいです。喜びよりも驚きでしたし、勝ったけれどもまだまだヤンヤ選手にはかなわない部分がたくさんあると思った。だから、ここで満足せずにどんどん高みを目指していきたいです」
スロベニアの大会では、競技後すぐに、ガンブレットが森に駆け寄ってハグをしてくれた。表彰式では観客からの温かい拍手に包まれた。
「クライミングは、必ずしも勝敗だけがすべてではないんです。陸上や水泳のようにバチバチの対人競技ではなくて壁との闘いですし、大会にはココロからクライミングの好きな人たちが集まってくる。
いかに自分らしい登りをするかが一番大事で、そういった勝ち負けだけにこだわらない競技性というのも自分に合っていると思っています」
小学1年生で父と始めたクライミング。
子供のころから、木登りが大好きだった。だが、ある日木から落ちて、顎を強打。歯にヒビが入って、顎は真っ青になってしまった。
“これは危ない”と父親が考えたかはわからない。が、小学校1年生のときに近所のショッピングモールにあるジムで父と一緒にクライミングを始めた。
「一発でハマって、次の日からはどんどん行きましたね。もともと、登るという行為が好きだったし、クライミングは、こうしなきゃいけないということに囚われていないのが好きでした。同じ課題(ホールドで構成された登るためのルートをこう呼ぶ)でも、自由な発想でいろんな登り方ができるんです。
父と始めたのですが、大人でも子供でも平等に戦うことができたのもよかった。ハンデなしで一緒に楽しめるという幅広さもとても魅力でしたね」
週4~5回、壁と対峙する生活が始まる。学校のある平日は2~3時間、土日は6~7時間。夢中になった。「好きじゃないと強くならない」と、森も言う。
そして、小学校4年生でシニアの大会に出場するまでの実力をつける。2014年の『第28回リード・ジャパンカップ』である。
「思ったより登りやすくて、ゆっくり着実にと思っていたらタイムアップになってしまった。それがなければ決勝まで行けていたというのは覚えています。ただ、それから国内では成績を残せても、ワールドカップは簡単ではなかった。
課題がさらに一段違ってよりダイナミックだし、力強かった。自分の持久力とか保持力(指の関節を曲げてホールドに固定する力。クライミングでは握力より重要とされる)では対応しきれない面がいっぱい出てきた。
まずは単純にジャンプ力をつけることが重要だし、リーチだけで届かないところは、足を使ったテクニックを駆使したり、短所をなくすだけでなく、長所を生かしたルートを探すとか。これは、今も試行錯誤中なんです」
高校進学を決めるとき、初めて親に反抗した。
高校はつくば開成高校。通信制・単位制の学校だ。クライミングをする時間をできるだけ増やしたい。そう思った森の、必死の決断だった。
「親は全日制の学校を勧めたんですけど、そこで初めて反抗しました(笑)。それまでは、父が“大会に出るよ”と言ったら、“はい、出ます”って感じだったのですが、クライミングと学業を両立させたいから開成に行くと自分で決めました。
結果的にはちゃんと単位も取れて、(クライミングの)成績も残せたので、この選択はよかったと思っています」
開成では、自分で授業のスケジュールを組むことができたし、ワールドカップなどに行くときなどは、前倒しで授業を受けられた。土日でも補習が受けられるという、まさに森にとって最高の環境だったのである。
ただ森は、クライミングだけ、という視野狭窄に陥ることはなかった。大学は筑波大学の体育専門学群である。スポーツバイオメカニクス、栄養学、心理学などが学べるこの場所でスポーツを俯瞰して、それを自分にも生かしていこうと思ったのだ。
「一般教養とか、あと教職課程も取る予定なんです。今まで見ていなかった幅広い視点からスポーツを見つめたりとか、“そういう考えもあったんだ”と気づかされることも多いですね。スポーツバイオメカニクスとかもやるので、そこで学びながら競技にも生かす、といった感じになっていくんだろうと思っています」
苦しんでいる自分を客観的に見るのも面白い。
今の練習時間はクライミングを始めた当初よりは短い。集中して行うことが重要であるし、運動強度もこれまでより大きくなっているのだ。
「練習ではとにかく追い込みます。苦しんでいる自分を、“あーっ、苦しんでいるな”なんて客観的に見るのが面白かったりします。辛いのが好きだからこそ、今の忍耐力があるんだと思います。だから、練習が終わった後はクタクタで、ご飯食べて寝るだけって感じなんですけど」
練習メニュー
練習は週に4日。平日は2~3時間、休日は5時間ほど壁に向かう。常に難しい課題に取り組み、瞬発力と持久力、そして精神的な部分まで、徹底的に自分を追い込むスタイル。苦しんでいる自分を楽しんでいるようだ。
練習以外でも、栄養管理なども重要になる。自ら買い物に行き、調理して食べる。「リカバリーのために栄養は大切」と彼女は言う。メンタル面を鍛えるための読書も必須である。
パリ・オリンピックが近づいている。東京オリンピックでのクライミングはスピード、ボルダリング、そしてリードの3つの競技の総合得点で順位を競った。しかし、パリではスピードと、ボルダリングとリードを合わせたコンバインドという2つの競技で争われることになる。
スピードは日本選手が苦手とする競技。森もその一人。つまり、ボルダリングとリードで勝負できるというのは、それだけでひとつアドバンテージになる。森はこの最高峰の舞台を、どのように捉えているのであろうか。
「クライミングは一生続けていきたいと思っています。だから、オリンピックには、そんなに重きを置きたくはないんですけど、楽しむなかでの通過点として出場したいし、優勝もしたい。出るだけでも狭き門なんですけど。
ただ、現役生活には限りがあるので、その後は今大学で学んでいる幅広い視野であったり、資格であったりを生かして、クライミングとは違うことをしてみたいです。競技だけで人生が終わってしまうのも、もったいないですから。
壁と向き合いながら、何十年後かについても冷静に見据えていきたい。中高の保健体育の免許は取る予定なので教師になるのもひとつの選択肢です。そのなかでクライミングとは、ずっと付き合っていきたいですね」