最大の要因は不活動。「カラダが硬くなる」3つの理由

およそ20年前に比べ、日本の中年男性のカラダが硬くなっている傾向がある。そんな衝撃のデータがある。令和元年の厚生労働省の調査では定期的な運動を行っている40代男性は2割に満たないという話。現代ニッポン人のカラダは日に日に硬くなっていると言っても過言ではない。まずはカラダが硬くなるメカニズムをちゃんと知ることから始めよう。

取材・文/石飛カノ 撮影/内田紘倫 スタイリスト/津野真吾 ヘア&メイク/COBA イラストレーション/野村憲司(トキア企画) 取材協力・監修/稲見崇孝(慶應義塾大学体育研究所専任講師)、山口翔大(慶應義塾大学体育研究所特任助教)

初出『Tarzan』No.856・2023年5月11日発売

最大の要因は不活動。「カラダが硬くなる」3つの理由

触って硬いということより、筋肉が伸びにくいことが問題

恥ずかしながら、生まれつきカラダが硬いもので…。という人の肩に触れてみると、ぐにゃぐにゃに柔らかい。アレ、なんで? 硬いんじゃなかったの?

カラダが硬いという表現には2つの要素が含まれている。ひとつは触感が硬いこと。皮膚やその下の脂肪組織の影響を受けて硬い触り心地になる可能性がある。英語で言うと「hardness」。

もうひとつはカラダが伸びにくいこと。前屈したとき手が床から遥か離れたところにある場合がこれ。こちらは筋肉や腱の動きが悪くてカラダがうまく伸びない状態を指し、英語で言えば「stiffness」。

ストレッチで改善が見込めるのは主に後者。筋肉が伸びないから本来の関節可動域が損なわれている状態。“柔らかくする”ではなく、“伸ばしてゆるめる”ことを目指すのが正解。

筋肉は自力では伸びない。そもそも緩みにくくなることも

筋肉は膜の中に筋線維が束ねられた筋束によって構成されていて、筋線維はさらに細い筋原線維が束になったもので構成されている。

筋原線維(サルコメアの連なり)

筋原線維(サルコメアの連なり)

もっとミクロレベルで見てみると筋原線維は2種類のひも状のタンパク質から成り立っている。タンパク質のひとつはミオシンでもうひとつはアクチン。

筋肉が収縮するときはアクチンがミオシンの隙間に滑り込み、弛緩するときはアクチンがミオシンの間から遠ざかってニュートラルな状態に戻る。このミオシンとアクチンのユニットは筋肉の最小単位で「サルコメア」と呼ばれるもの。

サルコメアの滑りで筋肉は収縮・弛緩する

サルコメアの滑りで筋肉は収縮・弛緩する

筋肉をミクロレベルまで分解していくと最小単位のサルコメアに行き着く。太いミオシンの間に細いアクチンが滑り込むことで筋肉は収縮し、反対に離れるときに弛緩する。筋肉が硬くなると弛緩することさえ困難になるケースも。

さて、筋肉が自力でできるのはあくまで「収縮」。自ら「伸張」することはない。だから硬くなった筋肉はストレッチで意図的に伸ばす必要がある。硬くなった筋肉を放置すると、ニュートラルな状態に戻りにくくなる可能性も孕んでいるからだ。

ひたすらじっとしていると1週間で関節の動きは狭まる

動くはずの関節をギプスなどで強制的に固定するとどうなるか?

約50年前に行われたこんな動物実験がある。猫の足首を4週間固定し、その後に解放してふくらはぎの深層の筋肉のテンションを比較した。すると、足首を伸ばした状態で固定した猫は、4週間後にふくらはぎの筋肉が伸びにくくなり、さらに筋肉の最小単位であるサルコメアの数が減ったというのだ。

足首を伸ばした状態では、ふくらはぎ深層の筋肉は短くなった状態。これが4週間続くことでカラダはこの部分の筋肉を伸ばす必要がないと捉え、サルコメアが減少したと考えられる。猫には気の毒。

猫の筋肉の生理学的変化
猫の筋肉の生理学的変化

J. C. Tabary, et al, 1972

横軸は足首の伸展角度。角度が小さくなるほど足首が屈曲して縦軸のふくらはぎの筋肉の張力が増す。右側が通常の猫、左側が4週間足首を拘束した猫。前者が120度の角度から張力が増すのに対し、後者は150度から早くも張力が生じる。それだけ筋肉の硬さが増している。

ここまで極端ではないにしろ、他の動物実験でも関節の動きを制限すると1週間で可動域が狭まり、2週間でより筋肉が伸びにくくなることが確認されている。ヒトも同様、不活動でごろごろしていればカラダは硬くなる一方なのだ。

大きくて長い筋肉の方が伸ばしにくくなる

1つの関節を跨いでいる筋肉のことを単関節筋、2つの関節を跨いでいる筋肉を二関節筋、それ以上複数の関節を跨ぐものを多関節筋という。たとえば、ふくらはぎの深層にあるヒラメ筋は足関節のみを跨ぐ単関節筋、ふくらはぎの表層にある腓腹筋はシンプルには膝と足の関節を跨ぐ二関節筋だ。

一般的に単関節筋は二関節筋、多関節筋よりも物理的な長さが短く、関節を稼働させるときに目いっぱい伸びたり縮んだりする。一方、二関節筋や多関節筋は物理的には長いものの、跨がった関節の十分な範囲の運動を許す長さではない。

このため一方の関節が屈曲すると他方の関節が伸びにくくなるのだ。よって比較的伸ばすのに苦労し、継続して伸ばす必要のある筋肉といえる。

下半身の代表的な単関節筋と二関節筋

下半身の代表的な単関節筋と二関節筋

下半身の例でいうと、大腿四頭筋のうちの大腿直筋は股関節と膝関節を跨ぐ二関節筋で、その他は単関節筋。ハムストリングスと腓腹筋は二関節筋でヒラメ筋は単関節筋。大腿直筋、ハムストリングス、腓腹筋は大きな力を発揮するため疲れやすく硬くなりやすい。

いずれにしても、関節の複雑な動きは単関節筋と二関節筋、多関節筋が互いに協調することで担保されている。硬くなりやすい筋肉は意識してストレッチを。

加齢による水分の不足でもカラダは硬くなる

カラダが硬くなる=stiffnessの度合いが高くなる最大の理由のひとつは不活動。その他の原因として考えられるのが水分不足だ。

といっても水をガブガブ飲めばカラダが柔らかくなるという話ではない。人体の中で最も大量の水分を蓄えている筋肉は、その6割以上が水分で構成されている。つまり筋肉量が減れば体内の水分が不足し、結果的に残った筋肉の動きも悪くなってカラダは硬くなる。

運動不足や不活動は年齢にかかわらず習慣化することがあるので、若くしてカラダが硬い人もいる。ところが、カラダの筋肉および水分低下は加齢によって起こる現象。若い頃に比べてカラダが硬くなったと感じる人が多いのは、こうした理由。実際、立位で前屈したときの標準値を見てみると、20歳をピークに右肩下がり。

立位体前屈の年齢別標準値
立位体前屈の年齢別標準値

「新・日本人の体力標準値2000」(東京都立大学体力標準値研究会)より

立った姿勢で所定の位置からどれくらい手を下げることができるかを測定。数値が高い方が柔軟性が高いということ。男女ともに20歳をピークにその後は右肩下がりになっていく。

痛みに対する強さや弱さ柔軟性を決める要因

不活動や水分不足、そしてもうひとつ柔軟性に関わる条件に挙げられるのが痛みに対する感受性。その昔、柔軟体操と称して座った姿勢で後ろから誰かに背中をぐいぐい押されて前屈した覚えがある人なら分かるはず。

太腿の裏に猛烈な痛みを感じて無意識に膝が曲がり、上体が全然前に倒れない。というか倒したくない!というあのイヤ〜な感覚。でも毎日続けているうちに痛みを感じにくくなり、膝が曲がらなくなり、手が爪先に届くようになる。

この現象は痛みというストレスに対する耐性が上がったことを意味している。

長期間の行動制限で起こるサルコメアの数の変化に比べ、こうしたストレス耐性の変化は数週間で起こるという。逆に言うと、短期間でストレス耐性は低くなり、筋肉がどんどん硬くなるということ。やはりストレッチで伸ばさねば。