「続ければ、確実に結果が出る」ファッションディレクター・金子恵治さんとシクロクロス|Our Friends
物語のある服を届ける、ファッションディレクターの金子恵治さんは、かつて夢中になった自転車競技を再開するためトレーニングを始めた。もともと運動は苦手だったというが、それでも本格的なレースに挑むまでに。忙しい日々のなかで、どうしてそんな挑戦を続けているのだろう。
写真・映像/間澤智大 取材・文/山田さとみ
Profile
金子恵治(かねこ・けいじ)/1973年生まれ。〈EDIFICE〉でバイヤーを務めた後に独立し、〈L’ECHOPPE〉の立ち上げを経て、現在は同ショップのコンセプターや自身の店〈BOUTIQUE〉を運営。ほかにもさまざまなブランドやレーベルの監修など、多岐にわたる活動を行う。
“大きなクローゼット”をコンセプトにしたセレクトショップ〈BOUTIQUE〉には、ハイブランドのジャケットからストリート感あふれるTシャツまで、幅広いラインナップの古着が揃う。また、〈BOUTIQUE〉のオリジナル服も古着と一緒に並び、意外性のある組み合わせを楽しめる空間になっている。
トレンドよりも、物語のあるファッションを。
外苑前の路地にひっそりと佇むヴィンテージマンション。その一室に、静かに店を構えるセレクトショップ〈BOUTIQUE〉がある。木製の重厚な扉を開けば、部屋いっぱいに広がる大きなワードローブが迎えてくれる。古材でしつらえたその什器には、物語を宿した服やアクセサリーが美しく並んでいる。
店内でひときわ興味を惹くのは、ここでしか出会えないオリジナルの服だろう。たとえばカシミヤのニット。カシミヤといえばふわふわとした質感が主流だが、あえて最小限の加工で仕上げた「生のカシミヤ」を採用している。そのため、そのまま着るとごわごわとした硬さがあるが、水洗いを繰り返すことで徐々に柔らかさが増していく。つまり、デニムの糊付けを好む人が洗濯をせず穿き続けるように、着る人が自分の好みに合わせて“育てる”楽しさのあるニットなのだ。そんなオリジナルアイテムに絶妙にマッチする古着も揃っており、店内には唯一無二の魅力が漂っている。
このセレクトショップを営むのは、ファッションディレクターの金子恵治さん。長年のバイヤー経験から、その確かな審美眼が培われた。「僕は、トレンドよりもストーリーを大切にして服を扱っているんです」という金子さんは、かつてバイヤーをしていたときのユニークなエピソードを教えてくれた。
「たまたまインターネット上で見つけたアーミッシュ(*1)のファッションに魅了され、アメリカはペンシルバニア州のランカスターへ買い付けに行ったことがあります。アーミッシュの男性は、シャツにスラックスを合わせてサスペンダーを付け、必ず帽子を被っている。そのスタイルがとても魅力的で。でも彼らは電気も車も使わずに生活をしているから、調べてもほとんど情報が出てこない。連絡をとる術もないので、とにかく行ってみるしかないと思って、現地へ足を運びました」
そうして自らの足で買い付けたアーミッシュハットは大ヒットし、そのシーズンを象徴する看板商品となった。そんな独自の着眼点や並外れた行動力こそが、〈BOUTIQUE〉の個性を形作っているのだろう。
金子さんはこの店の運営のほかにも、いろいろなブランドのディレクションを手がけているため、営業できるのは“休みの日”に限られるという。「クライアントワークが7〜8件ほどあるので、店を開けられるのは、月に10日間程度。休みという休みは、ほぼないですね(笑)」と笑いながら話す。
さらに驚くことに、金子さんはそんな仕事の合間を縫って、シクロクロスという自転車競技にも本格的に取り組もうとしているのだ。これほど多忙を極めているにもかかわらず、どうして体を動かすのだろう。
運動が苦手でも、自転車なら乗った分だけ結果が出る。
そもそも金子さんがシクロクロスにのめり込んだきっかけは、マウンテンバイクを衝動買いしたことに始まる。それ以来、通勤は自転車でするようになり、休日は山へ走りにいくようになった。
「もともと運動が得意ではなく、学生時代にバスケ部に所属していたときは、むしろ苦手意識すらありました。でも、自転車は乗れば乗った分だけ結果が出る。ランニングもそうだけど、有酸素運動は年齢を重ねても適切なトレーニングをすれば体力がつく。不器用な自分にもできるかもしれないと思えたんです」
どうやらそのことに気が付いたとき、本気スイッチが押されたようだ。そうして自転車を探求し始めると次第に仲間が増え、5〜6人で〈チーム多摩川〉というグループを結成した。仕事終わりにはみんなで集まり、毎日のように走りに出かけた。
「わざわざ毎晩集まってダラダラしても、おもしろくないじゃないですか。“今日はあそこまで追い込もうぜ”と言い合って、目的地まで結構なスピードで走る。遊びとしてやっているんだけど、真剣にやるからこその楽しさがあるんです。だから、体力がないと楽しく遊べないという感覚がありました。そうすると自然にトレーニングをするようになったし、競技への興味も沸いてきました」
金子さんが出場するようになったシクロクロスは、オフロードで行われる自転車競技だ。3km程度の周回コースを30分から1時間で走り、規定の周回数を最初に終えた選手が勝者となる。泥や砂、草地などの多様な地形に加え、柵や階段といった障害物が必ず設置されるため、自転車を担いで走る場面もある。レースは実力に応じてC1〜C4という4つのカテゴリーに分かれており、初心者はC4からスタート。成績をあげることでC3へと昇格する。
「アマチュアの領域では、体力勝負だけでもある程度は通用します。とにかく走り込めばどうにか結果が出るという、その単純明快さに楽しさがありました。でも、その先はテクニックの問題になり、求めることが徐々にマニアックになっていく。上のカテゴリーにいきたいという気持ちもどんどん強くなり、そうなると次はどんな練習をすべきか考えるようになりました」
トレーニングを重ねた結果、金子さんはついにC1まで昇格した。プロも参加するこのカテゴリーに、アマチュアが昇格することは極めて難しい。自身では「奇跡的でした」と謙遜するが、シクロクロスでは駆け引きよりも個人の体力と操作技術が結果を大きく左右するため、何事もストイックに取り組む金子さんにとって、ぴったりの舞台だったのかもしれない。
しかし、病気や怪我を理由に、レースから離れた時期もあった。
仕事も遊びも、常に本気で。
今年で51歳(!)を迎えた金子さんは、競技に参加するため最近になってまたトレーニングを始めた。長いブランクがあったため、カテゴリーレースではなく、年齢別に分かれたレース〈マスターズ〉にエントリーする予定だ。それでもハードな挑戦に変わりはない。忙しい日々のなかで、どうやって体づくりをしているのだろうか。
「テクニックの練習はひとまず諦めて、今は体力をつけることに集中しています。それなら早朝か夜に、近所の坂をひたすら走るだけでいい。最近は、週5回ほどやっています。いつも、まずはとにかく5回やってみるんです。そうすると、体の中に新しい時間軸ができたような感覚が生まれて、自然と習慣化できる。この方法で続かなかったことはないですね。それに加えて、オートファジーダイエット(一定時間食事を控えて代謝を促す方法)もがんばっています。2ヶ月間で6kg減量して、あと2kgが目標。もう若いころのように体の無理は効かないから、そこに関しては“どうせ無理だ”という状況を楽しんでいますね」
年齢を重ねても、そのストイックさに変わりはないようだ。傍から見ると休みたくなるときもありそうだが、「休みを捨てたらすごく楽になった」と返ってきた。おそらく金子さんにとっての“休む”という概念は、一般的な休養やリラックスの意味とは異なるのではないだろうか。仕事も遊びも本当に好きなことだけを選んでいるからこそ、休むことは“好きなことができない時間”にほかならないのかもしれない。
「これまでずっと立ち止まることはありませんでした。仕事も遊びも常に本気だからこそ、この生活ができているんだと思います。次はなにをしようかと、いまだに考え続けていますね」