動かさない限り衰えていく。腸腰筋の危機を救え!

重要さが際立つのに、意識して使わなければ衰えていくばかり。加齢とともに股関節が硬くなっていくのも、腸腰筋が深く関係している。まずは「このままの生活ではヤバい」ことを把握するのが、腸腰筋を救出する第一歩だ。

取材・文/石飛カノ イラストレーション/野村憲司(トキア企画) 監修/大久保 雄(埼玉医科大学保健医療学部理学療法学科准教授)

初出『Tarzan』No.896・2025年2月6日発売

教えてくれた人

大久保 雄(おおくぼ・ゆう)/理学療法士。埼玉医科大学保健医療学部理学療法学科准教授。リハビリテーション科学やスポーツ科学分野での研究を行う。本特集の監修を務める。

二足歩行のヒトは腸腰筋を使うのが苦手?

動物と人間の腸腰筋の使い方

股関節がもともと屈曲している四つ足動物は後ろ脚を引きつける動作で腸腰筋本来の機能を発揮させている。ところがヒトは普通歩行ではほとんど腸腰筋を使っていない。

インナーマッスルなのにやたらデカい。股関節のダイナミックな動きだけでなく、姿勢の保持にも関わっている。とにかくスペシャル度が際立つ腸腰筋。

「なかでも大腰筋の後部線維は収縮することで脊柱を前に引っ張り、腰椎を前彎させて骨盤を立てる役割を果たしています」とは、理学療法から腸腰筋研究にアプローチする埼玉医科大学准教授の大久保雄さん。なんと、そもそも直立二足歩行のお膳立てをしているのが腸腰筋とは驚きだ。

「こうした働きはヒトならではです。そもそも腸腰筋の働きは股関節の屈曲ですが、四足歩行の動物ではそれが機能しやすい。それに比べて背骨が立ってしまった二足歩行のヒトは、股関節を引きつける動作において非常に不利な状態になったと言えます」

犬はスタスタスタッと腸腰筋を働かせて後ろ脚を前に運ぶ。これだけで腸腰筋は十分に本来の機能を果たす。一方、ヒトが同じように腸腰筋を機能させようとしたら膝を高く上げて着地する、いわゆる“ドロボー歩き”くらいに大げさに歩く必要がある。

「だから普段の歩行では太腿の大腿直筋をメインに働かせ、腸腰筋はあまり使わない。使わない筋肉は硬くなり衰えていきます。加齢とともに股関節が硬くなる理由のひとつがここにあります」

二足歩行姿勢にはひと役買ってくれてはいるが、股関節の動きにはあまり関与しない? いや、それってヤバくないですか?

意識して動かさない限り腸腰筋は衰える。

腸腰筋が腰椎を前へと押し出してくれているから、美しい直立姿勢が保てる。これは主に大腰筋の後部線維が請け負っている働き。一方、大腰筋の前部線維と腸骨筋が担当している股関節屈曲動作はあまり出番がない。

「腸腰筋を使って股関節をしっかり屈曲させる動きで言うと、短距離走や階段の1段抜かし、またサッカーのキック動作やフルスクワットなどが代表的です」

はて、そうした動作を日常的に行っている人がどれだけいるだろうか? 青信号が点滅する前から歩行スピードを落としてやり過ごしたり、1段抜かしどころか階段を見ればすべてパスという日常では腸腰筋は衰える一方だ。

座位での脚上げ。

座位での脚上げ

座位で左右交互に脚を上げる。高齢者施設やリハビリの現場などでよく見かける運動指導。狙いはカラダを安定させた状態で腸腰筋を稼働させること。

サッカーのキック動作。

サッカーのキック動作

股関節を伸展させた状態から一気に屈曲させてボールを蹴る。こうした伸展からの素早い収縮動作で腸腰筋が大いに働くと考えられている。

1段抜かしでの階段上り。

一段抜かしでの階段上がり

階段を1段ずつ上る動きは大腿四頭筋のパワーだけで事足りる。腸腰筋をしっかり働かせるためには最低でも1段抜かしで上る必要がある。

下の画像をご覧いただこう。高校生ランナーと高齢者の大腰筋を比較すると後者の衰えぶりは明らか。かくて、腸腰筋を日常的に使わない→硬くなり衰える→股関節の動きが低下する→姿勢が悪くなる、という悪循環に陥っていく。股関節の不調や悪姿勢はすべて加齢のせいというわけではないのだ。

「使う機会が少なくなったとはいえ、普段から腸腰筋を適度に動かしておくことが重要です。ガンガン鍛えてボリュームを大きくするというより、弱い力でも使い続けることを念頭に」

腸腰筋の衰え CT画像

大腰筋断面積の比較

高校生ランナーと高齢者のCT画像。背骨の左右に1対あるのが大腰筋の断面。前者に比べて後者の断面積は明らかに直径が小さい。使わなければ衰える、の典型。

画像提供/小林寛道スポーツ健身事務所