漢方が“効く”って、どういう状態?

一包に秘められた多層のチカラ。生薬が重なり合い、単体では届かない領域へ作用する。その仕組みを、科学と伝統の視点からいま改めて読み解く。

取材・文/井上健二 撮影/吉松伸太郎 イラストレーション/ダン・マトゥティナ 取材協力/砂川正隆(昭和医科大学医学部生理学講座生体制御学部門准教授)

初出『Tarzan』No.919・2026年2月12日発売

漢方の画像に?マーク

一包の中の生薬たち。その役割と、効かせ方。

漢方薬をシンプルに定義すると複数の生薬を組み合わせたもの。

その生薬とは、植物、動物、鉱物のうち、薬効のある成分に最低限の加工を加えたもの。世界中に植物をクスリに用いる「ハーバル・メディスン」はあるけれど、動物や鉱物まで幅広く使う点では漢方薬はユニークな存在だ。

源流となった中国ではおよそ2000年、奈良時代に伝わった日本でも1200年以上もの歴史を誇り、その間に経験的に薬効が確かめられた漢方薬だけが、今に伝わる。現代の医学・薬学により、作用メカニズムは徐々に明らかになっているものの、まだまだ未知の部分も少なくない。

「たとえば、生薬を別々に煎じてから混ぜたものと、複数の生薬を一度に煎じたものでは含まれる成分が変わり、薬効も異なる。非常に興味深いです」(昭和医科大学医学部の砂川正隆教授)

いざ、西洋医学を超える漢方薬の奥深い世界をひもといてみよう。

複数の成分がトータルに効く。

西洋薬の大半は、特定の有効成分のみを精製したもの。たとえばコロナ禍で有名になった解熱鎮痛剤ならアセトアミノフェン、胃酸の出すぎを抑える胃薬ならH2ブロッカー(ファモチジン)といった具合である。

対照的に漢方薬は異なる薬効を持つ生薬を絶妙にブレンドする。

例を挙げると、風邪に効くもっともポピュラーな漢方薬である「葛根湯」は、桂皮、麻黄、芍薬、甘草、大棗、生姜、葛根という7つの生薬を調合している。各々の生薬は化学的に精製されていないから、複数の有効成分を含んでいる。結果、葛根湯という一つの漢方薬には、15種ほどの化学物質が混在する(下表参照)。

西洋薬は狙いがピンポイントで決まっているので、そこを少しでも外すと効かない。その点、漢方薬は複数の成分が一挙に働き、多様な作用メカニズムを有する。葛根湯なら、桂皮と麻黄は解熱、芍薬と甘草は抗菌、大棗は消化器保護などを担っているのだ。

「一つひとつの生薬の効能は控えめでも、複数の仕組みを一斉に動かすことにより、互いの弱点を補い、強みを引き出し合いながら、治療効果をトータルで発揮するように作られているのです」

葛根湯に含まれる生薬と有効成分。

7つの有効成分

葛根湯に配合される7つの生薬を化学的に分析してみると、それぞれに有益な薬効を持つ成分が発見された。葛根湯が風邪のひき始めだけではなく、肩こりや頭痛にも効くのは、複数の生薬成分の守備範囲が広いゆえ。

漢方薬は最強の抗酸化薬である。

病気や老化の引き金となる酸化。吸った酸素の2〜3%は毒性の強い活性酸素種に変わる。この活性酸素種で、体内の細胞などがサビつくのが酸化。酸化からカラダを守るため、体内には酸化を無力化する抗酸化酵素がスタンバイしている。だが、加齢などで抗酸化酵素の力が落ちたり、活性酸素が大量発生すると酸化ダメージが広がる。そこで頼りたいのが漢方薬。

植物は自らを守るため、フィトケミカルと呼ばれる化学物質を作っている。フィトケミカルのほとんどは抗酸化能を持つから、漢方薬の原料となる植物性の生薬には多数の抗酸化物質が含まれる。

酸化の本質は、活性酸素により物質から電子が奪われて不安定化すること。抗酸化作用は、失った電子を与える働きにほかならない。

「ビタミンCやEは抗酸化ビタミンとして有名で酸化された物質に電子を与えて働きます。これらは反応の過程で自らも酸化され、単独で摂取した場合は体内の抗酸化環境によって作用の持続が左右されます。一方、漢方薬は抗酸化能を備える複数の生薬が含まれるため、これらの成分が体内の抗酸化システムの中で相互に作用し続けることで、抗酸化作用が比較的持続しやすいと考えられています」

抗酸化力の高い主要な漢方薬。

抗酸化力の高い主要な漢方薬

単位はORAC(酸素ラジカル吸入能)。ビタミンE類似物質の抗酸化力を基準として抗酸化力を測る。ビタミンCで300、抗酸化力が高いとされるカテキンで4000だが、漢方薬にはカテキン超えのものも多い。

出典/Evid Based Complement Alternat Med. 2011: 2011: 812163より抜粋

“効いている”カラダの中で起きていること。漢方薬ストロングエビデンス。

痛みが和らぐ。熱がスッと引く。しんどい心がふっと軽くなる。その瞬間、カラダの中では何が起きているのか。3つの処方を手がかりに、漢方薬の効き方を科学で追いかけてみた。

1.慢性的な痛みに、西洋薬にないルートで効く。

ことに痛みの伝わりで要となる脊髄後角で、抑肝散(YKS)は八面六臂の活躍で痛みを抑える。

西洋薬と漢方薬の効き方にどんな違いがあるのか。漢方薬「抑肝散」の鎮痛作用を例に解説する。

痛みの情報は、発生源の末梢から脊髄の後角という場所に入り、そこから脳へ伝えられる。

西洋医学で使われる鎮痛薬にはさまざまなタイプがある。炎症そのものを抑える薬(消炎鎮痛薬やステロイド)、神経の興奮を抑えて痛み信号を伝わりにくくする薬(プレガバリンなど)、さらに痛みを抑える神経伝達物質の働きを高める薬(SNRIなど)も使われている。

一方の抑肝散は、西洋薬では異なるクスリが担う複数の機能を1剤で実現する。末梢→脊髄→脳という痛みのシグナルの伝わりに複数の箇所でブレーキをかける。痛みの伝達に関わる神経伝達物質にはグルタミン酸がある。抑肝散はグルタミン酸の過剰な働きを調整する可能性も報告されている。

2.葛根湯は、なぜ風邪のひき始めに効くのか。
葛根湯が効く様子のグラフ

発汗を促しつつも、一度は体温を上げるので、葛根湯は免疫機能やウイルスの弱体化を邪魔しない。

風邪のひき始めによく効くとされるのが、前述の葛根湯。現在130種類以上が市販されている。

よく見聞きする漢方薬だが、なぜ風邪の初期に際立って効くのかはあまり知られていない。その仕組みを解き明かそう。

体温が一定範囲内に保たれるのは、熱を発散する放熱と熱を作る産熱のバランスが釣り合うから。だが、風邪をひくと、免疫を底上げしてウイルスを弱らせるため、体温の設定温度が上がる。通常37度前後の深部体温が、39度ほどまでアップされるのだ。そのため放熱をストップさせて、熱産生を進めて体温を右肩上がりにする。

いちばん効率的な放熱は、発汗で気化熱を奪うこと。このため風邪をひくと発汗はピタリと止まる。だが葛根湯は発汗を促して放熱を進め、急激かつ必要以上の体温上昇を食い止め、高熱による不快な症状を和らげてくれるのだ。

3.ストレスに対抗する、オキシトシンを引き出す。
ネズミを使用した実験のグラフ

ラットに自由な行動を制限する拘束ストレスを与えた試験。加味帰脾湯を与えた群のみ、拘束ストレス後にオキシトシン濃度が上昇している。

現代人の宿敵といえばストレス。漢方薬はどう戦うのか。

鍵を握るひとつが、ストレスや不安を和らげるオキシトシンというホルモン。その分泌を助けてくれる漢方薬が「加味帰脾湯」。

「緊急時の短期的なストレス反応は、ストレッサー(ストレスの源)から身を守るために不可欠。避けたいのはダラダラ続くこと。加味帰脾湯を摂るとオキシトシン分泌がしばらく続き、ストレス反応の長期化が避けられます」

オキシトシンは脳内で分泌され、恋人やペットとの触れ合いでも放出される。薬としてオキシトシンを投与しても、残念ながら脳内に入ってストレスや不安を和らげることはできない。脳の関所である血液脳関門を通れないからだ。

「加味帰脾湯の成分あるいは代謝産物が血液脳関門を通り、脳内でオキシトシン分泌を促してストレス反応を鎮めます」