現役時代に3度経験。為末大さんが「ゾーン」に入った瞬間とは。

元陸上選手・為末大さんは現役時代に、ゾーンを3度経験したという。自分の殻を破るほどの集中力が発揮されるその状態は、どういったタイミングで訪れたのだろうか。

text: Kano Ishitobi

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為末大さんがハードルをしている様子

photo/Aflo

Profile

為末大(ためすえ・だい)/1978年生まれ。男子400mハードルの日本記録保持者。2001年、世界陸上エドモントンにて五輪および世界選手権におけるスプリント競技の日本人初の銅メダルを獲得。2012年の引退後は幅広い分野で活躍。

自分の足音だけが響いて、気づけばゴール直前でした。

“走る哲学者”として知られる為末大さんは、過去3回のゾーン体験を持つ。体験したのは2001年と05年の世界陸上、08年の日本選手権と、いずれも大舞台だ。

「どのときも一番感じたのは時間感覚の変容です。カラダを動かしているというより自動化されたような感覚で、気がついたらゴールの近くまで行っていた。あとは聴覚。周りの大歓声が小さくなって自分の足音がカラダの奥から響いてくる感じでした」

2回の世界陸上では銅メダルを獲得し、日本選手権では優勝を果たした。とはいえ、ゾーン体験がパフォーマンスに直結しているかどうかは分からない、と言う。

「一心不乱になる傾向があったり、周りが見えなくなる選手の方がゾーンに入りやすい特性を持っているのかもしれません」

時間を忘れて好きなことに夢中になっているときの心理状態をフローと呼ぶ。為末さんの言う“一心不乱”も、即ちフロー状態ということか。

「私はフローという大きな括りの中の一部にゾーンがあると考えています。ただし、2つの違いは、ゾーンはプレッシャーなしにはあり得ないかもしれないということ。プレッシャーというのは、周囲からの期待、またはより良いパフォーマンスがしたいという自分で自分にかける負荷。前段階としてそういう重圧があってギリギリのところで“もうあるがままで行くしかない!”と開き直った瞬間のことを、ゾーンと呼んでいるような気がします」

ゾーンは制御不可能。でも準備することはできる。

楽しいだけのフロー状態では自分の殻を破るほどの集中力は望めないということかもしれない。アスリートにとっては千載一遇のゾーン体験。己の抑制を解き放つことで、体験後は多幸感も得られるという。

でも、ゾーンをコントロールすることは不可能。では何か準備があるのかを尋ねると、

「それを知っていたら億万長者になれますね(笑)。でも思い返すと私の場合は“目”が大きかった気がします。キョロキョロしていろんな視覚情報が入ってくると雑念が浮かぶので、レース前には競技場にあるシミのようなものをじっと見つめて、それ以上のことを考えませんでした。それが準備だったのかもしれないです」