「座りすぎ」を避けることで得られる6つのメリット
デスクワークに加え、スマホ一台で買い物もデリバリーも済ませられる今、座りすぎのリスクが世界的に警鐘されている。今回は思わず立ち上がりたくなるような、座りすぎを避けるメリットを紹介。座りすぎを避けるだけで、カラダは楽になり、仕事も捗り、一石二鳥と言わず数多くのいいことがあるのだ。
取材・文/井上健二 イラストレーション/石山好宏 取材協力・監修/岡浩一朗(早稲田大学スポーツ科学学術院教授)
初出『Tarzan』No.849・2023年1月26日発売
目次
メリット① 仕事の効率が上がり、やる気が高まる
ビジネスパーソンとしては、生産性(仕事の効率)を高め、ワーク・エンゲージメント(イキイキと熱意を持ち、仕事にポジティブに臨んでいる状態)をキープしたいもの。
ところが、座っている時間が長くなると、20〜30代の若い世代では生産性が下がり、40〜50代ではワーク・エンゲージメントがダウン。
とくに座りすぎている40〜50代では、仕事に対する活力・熱意・没頭を感じられない人が、およそ1.5倍も増えるという。
座位時間と生産性、ワーク・エンゲージメントの関わり
逆に言うなら、座りすぎをやめると生産性が上がり、ワーク・エンゲージメントも保てると期待できる。ナゼ座りすぎで生産性もワーク・エンゲージメントも低調になるのか。
座位中、脳の血流は減るが、それ以上の因果関係はハッキリしない。能率が上がらないので、座って必死にタスクをこなしているのかもしれないし、活力や熱意がないから無気力に座っていることも考えられる。
でも、仕事が進まなくなったり、やる気が落ちたりした際、カフェへコーヒーを買いに出かけたりすると、気分がリフレッシュ。リセットできて能率がアップしたり、やる気が湧いたりした体験は誰でもあるはず。
デスクワーク中はブレイク30(30分に一度ブレイクすること)を実行し、軽く動いて気分転換に努めよう。
メリット② 肥満が避けられる
痩せて脱げるカラダになりたい? ならばその第一歩は、座りすぎを避けること!
当たり前だが、太るか、痩せるかを決めるのは、運動や活動などによる消費カロリーと、食事からの摂取カロリーのバランス。消費カロリーが摂取カロリーを下回っていたら、いつまで経っても痩せられない。
大盛りやお代わりを好む大食漢が痩せないのは自業自得だが、現在は食べすぎでないのに太ったり、痩せられなかったりするタイプが多い。たとえ食べすぎていなくても、消費カロリーが少なすぎると、痩せるどころか太っていくばかりだ。
消費カロリーを増やす=運動という先入観が強いと、「運動なんてムリ」と二の足を踏みがちだが、実は家事などの日常の活動を増やす方が減量の近道。1日に消費するカロリーの30%前後は、運動以外の身体活動(NEAT)だからである。
肥満者とそうでない人を比べると、肥満者の座っている時間は、そうでない人と比べて1日平均およそ160分(2時間半以上)も長いという事実も判明している。
太っている人は座っている時間が長い
座りすぎを回避し、その分だけ歩くなどしてNEATを増やすように心掛ければ、しんどい運動に汗を流さなくても減量は叶うのである。
メリット③ 筋肉の衰えが防げる
座り続けることが、ナゼこんなに悪いのか。その問いに対する明確なアンサーの一つは、座った姿勢では筋肉がまるで働かない点にある。
体重の約40%は筋肉。その70%前後はヘソから下の下半身に集まる。
座ったままだと、股関節、膝関節、足関節(足首)という下半身の3大関節はフリーズしたまま。これらの関節を動かす下半身の筋肉も、開店休業に陥る。お尻の大臀筋、太腿の大腿四頭筋とハムストリングス、ふくらはぎの下腿三頭筋などだ。
立つ、歩く、座るでの脚部の筋肉活動の比較
筋肉は運動不足だと年1%の割合で衰えるが、座位時間が長いとその弱体化に拍車がかかる恐れがある。
筋肉は運動時だけではなく、安静時も体温を保つために体脂肪を空焚きして活発な代謝を行う。じっとしているときでも消費する基礎代謝の20%程度を担うのは、筋肉。ゆえに座りすぎで下半身をはじめとする筋肉が衰えると、基礎代謝はダウン。前述のNEATをせっせと増やしても、太りやすい。肥満は万病の元だ。
加えて近年、筋肉を動かすと、脳を活性化したり、代謝を上げたりするホルモンに似た物質・ミオカインが分泌されることもわかってきた。座りすぎで筋肉が働かないと、ミオカイン分泌も滞るから、心身に悪影響が及ぶ可能性大なのである。
メリット④ 血糖値が下がりやすい
血糖値への関心が高まっている。そもそも血糖値とは、血液中の血糖(ブドウ糖)量の値。主食などに多い糖質は消化吸収を経てブドウ糖になり、血中に出て血糖値を上げる。
血糖値が上がると、膵臓からインスリンというホルモンが分泌される。インスリンはおもに筋肉への血糖の取り込みを促し、血糖値を下げる。
この仕組みがうまく働かないと、血糖値が下がりにくくなって糖尿病に陥ったり、食後に血糖値が異常に高くなったりする。両者は、老化と生活習慣病の元凶。余った血糖は、体脂肪となり、肥満を進めやすい。
糖尿病や食後高血糖を避けるため、糖質やカロリーの制限が勧められるが、筋肉は糖質や脂質の代謝で大切な役割があり、インスリンに頼らず、血糖値を下げるメカニズムを持つ。
血糖を取り込むグルット4という輸送体は、安静時は筋肉の奥でひきこもっている。だが、筋肉を動かすと細胞表面まで出て、血糖を取り込んで血糖値を下げてくれるのだ。
従来、グルット4を移動させて血糖値を下げたいなら、しっかり動くべきだとされてきたが、ちょっとしたブレイク(20分おきに2分ずつ立って歩く)でも、血糖値を下げる効果がある。食事を終えたら座らず、とにかくスタンドアップ!
立って軽く動くだけで血糖値は下がりやすい
メリット⑤ 血管病(心臓病・脳卒中)が避けられる
体内の最重要インフラは、血液を運ぶ全長10万kmの血管。血管が老化して硬く狭くなる動脈硬化が進むと、血の塊である血栓が詰まり、心臓病や脳卒中の危険度が上がる。この血管も座りすぎでボロボロに。
血管ネットワークの中心は心臓。血液の多くは心臓より下を巡る。心臓に、血液を還流させる働きはない。代わりに血液を還流させてくれるのが、下半身の筋肉による“ミルキングアクション”。筋肉のリズミカルな伸縮で血管の圧迫&弛緩を繰り返し、バケツリレーの要領で血液を心臓へ押し戻してくれる。
だが、座る時間が長引くと下半身の筋肉が働かなくなり、ミルキングアクションが不発。血流は滞る。
加えて座ってばかりだと、血圧が高くなり、動脈硬化が加速する。立ち上がって歩き回り、血流が良くなると、血管には“ずり応力”というポジティブなストレスが加わる。その刺激で血管の内側をカバーする内皮細胞から、NO(一酸化窒素)の分泌が促される。NOは血管を緩めて血圧を下げて、動脈硬化を抑えてくれる。
座り続けると血流が滞り、NO分泌はストップ。血圧は上がり、動脈硬化が進み、心臓病や脳卒中といった血管病の危険度も上がるのだ。
メリット⑥ 肩こり・腰痛が改善できる
日本人の有訴率(症状があると訴える割合)では、男性の1位が腰痛で2位が肩こり、女性の1位が肩こりで2位が腰痛。
いずれにしても、腰痛と肩こりは国民病である。そんな腰痛も肩こりも、座っている時間が長くなるほど、増えてくる傾向がある。
座っている時間と慢性腰痛の保有リスク
韓国で50歳以上の成人5000人以上を対象に分析したリサーチでは、座っている時間が長くなるほど、慢性腰痛に悩まされる人が増えるという結果が出た。ことに1日10時間以上座る群では、5時間未満の群と比べると、慢性腰痛の保有率が1.5倍以上にもなったという。
肩こりも腰痛も複雑系。原因は一つではない。でも、骨や椎間板などに整形外科的な異常がない慢性的なタイプでは、同じ姿勢を続けることが主因と考えられる。
座りっぱなしで筋肉が緊張して固まると、筋肉を養う血管が圧迫されて血流が低下。SOSを伝えるため、痛みの信号が出る。痛むのがイヤで患部を動かさなくなると、筋肉が余計硬化し、痛みのシグナルが出続けるというバッドサイクルにハマる。
椅子から立ち上がり、同じ姿勢を避けて筋肉を動かして血流を促せば、悪循環から抜け出すきっかけとなり、慢性の肩こり・腰痛が軽くできそうだ。
では、座る時間はどのくらいにすればいいの?
座りすぎが悪いのは痛いほどわかったが、座らないわけにはいかない。
健康被害を避け、ヘルシーに座るには何に気をつけたらいいのか。先進諸国や世界保健機関(WHO)が基準を定めているが、参考になるのはカナダのガイドライン。それには3つのポイントがある。
- 座位時間を1日8時間以下に。
- 余暇にスマホなどの画面を眺めるスクリーンタイムを3時間以下に。
- 座位中は頻繁に立ち上がる。
まず、この3点を守ってみよう。こうした世界的トレンドを踏まえ、今年改訂予定の日本の『身体活動基準』でも座位行動に初めて言及する予定とか。その中身に要注目だ。