効率的に筋肥大したいなら「下ろす動作」を重視すべき
筋肥大を目指し、せっせと重たいダンベルを持ち上げてモリッとする筋肉を見て満足している人。それ、ちょっともったいない。効率よく筋肥大を目指すなら、注目すべきは上げる動作ではなく“下げる動作”。科学的根拠もしっかりあります。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/林田秀一、山下良平(TOP画像) 取材協力/桜井智野風(桐蔭横浜大学大学院スポーツ科学研究科教授)
初出『Tarzan』No.852・2023年3月9日発売
目次
筋トレでは「ゆっくり下ろす」が重要
筋肉は収縮させてこそ鍛えられる。収縮というと一般的に重いものを持ち上げるときに二の腕がモリッとするあのイメージ。これは筋肉が縮みながら収縮する運動で「ポジティブ動作」という。
でも収縮運動はそればかりではない、重いものをゆっくりと下ろすときも筋肉は伸ばされながらやはり収縮している。こちらをポジとは対極という意味で「ネガティブ動作」と呼ぶ。
厳密には筋肉の長さが変わらない状態で収縮する筋活動もあるが、トレーニング動作にはひとまず、ポジとネガの2種類があると考えてほしい。
で、今回注目したいのがネガティブ動作。下ろす動作は重力まかせではなく、ゆっくり行うことがポイント。そうでなければ収縮運動にならない。重りを持ち上げることこそがトレーニングという固定観念を捨て、ポジ同様ネガにも注力しよう。
ヒトの日常生活では下ろす動きが多い
実はヒトの日常生活動作にはネガティブの動きが少なくない。
「二足歩行ではバランスを取るために表裏の関係にある拮抗筋を両方使います。一方を曲げると反対側は伸ばされます。伸ばされる方を注視するとネガティブ運動になるのです」(桐蔭横浜大学の桜井智野風教授)
たとえば椅子にゆっくり座ったり階段を下りるとき、太腿前の大腿四頭筋は伸ばされながら収縮している。そうやって踏ん張らないとカラダを支えられない。椅子にカラダを投げ出すように座るより、そーっと座ればそれがネガティブトレーニング。おトクではないか。
上げる動作より楽に行える
筋トレというとキツく苦しい運動というイメージがある。日常生活以上の負荷をかけなきゃ意味がないので、ある意味間違いではない。でも、それはどちらかといえばポジティブ動作に由来する感覚。
ネガティブ動作はポジティブ動作に比べると楽ちんだ。これは階段の上り下りを考えれば実感できる。上るときの大腿四頭筋は縮みながらカラダを持ち上げるポジティブ動作で一歩一歩がキツい。
下りる動作では伸びながらカラダを下ろす動作でキツさは感じないはず。そんな楽ちんな筋トレを見逃す手はない。
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上げる動作より筋肥大の効率がいい
ネガティブ動作はポジティブ動作の20〜50%増しの負荷に耐えられるという研究報告がある。ポジ動作より楽なのに最大で1.5倍のパワーを発揮できるわけだ。
また、筋肥大に関してもポジよりネガの方が効率がいいといういくつもの報告がある。ポジだけネガだけのダンベル運動を行った実験では、後者の方が筋肥大効果が高いという結果が出ている。
ポジ+ネガのトレーニングこそがボディメイクの近道だ。
ポジとネガの筋トレ効果
ケミカルな反応が起こって筋肥大効果が増す
ではなぜ、ポジよりネガの方が筋肥大の効率がいいのか? 詳しいメカニズムは分かっていない。ただ、筋肉の合成を促すmTOR(エムトール)という酵素がネガ動作では発動しやすいことは確かなようだ。
「伸ばされながら力を発揮することでさまざまな化学伝達物質が分泌されると考えられます。たとえばネガティブ動作で刺激を受けた筋線維からはNO(一酸化窒素)というガスを合成する酵素が出てきます。
このNOがさまざまな化学物質を引き寄せる可能性があり、mTORもそのひとつと考えられると思います」
縮むときより伸びるときの複雑な化学反応に、筋肥大の秘密が隠されているという話。
下ろす動作の筋肥大は力の強い筋肉で起こりやすい
筋肉の種類は線維がどのように走っているかで、ざっくり2つに分類される。走行が平行のものを「平行筋」、走行が斜めになっている筋肉を「羽状筋」という。
一本ずつの筋線維が長く収縮が速い前者はスピードに長け、短い筋線維が密に並んでいる後者はパワーで勝るという特徴がある。
「より筋肥大が起こりやすいのは羽状筋です。ネガティブ動作で主に使われるのも羽状筋だと考えられます。伸ばされる刺激に耐えるため大きな力が出せる筋肉がネガティブ動作で使われるのかもしれません」
線維の走行による筋肉の分類
椅子に座ったり階段を下りるときに使われる大腿四頭筋も典型的な羽状筋。その肥大効果にあやかろう。