脱力、つなげる、投げる。室伏広治さんが考える“動き”の哲学。

ハンマー投で世界の頂点に立つ室伏広治さんほど、カラダの構造や仕組みを理解している人はいないだろう。力任せではなく、連動と脱力で生まれる“しなやかな強さ”。肩甲骨と股関節、その極意に迫る。

取材・文/井上健二 撮影/吉松伸太郎<br />

初出『Tarzan』No.915・2025年11月20日発売

Profile

室伏広治(むろふし・こうじ)/1974年生まれ。東京科学大学教授・副学長(スポーツサイエンス担当)。博士(体育学)。第2代スポーツ庁長官。“アジアの鉄人”といわれた父・重信さんの薫陶も受けつつ、ハンマー投で世界の頂点に立つ。

室伏広治さんの凄さの秘密に迫る!

室伏広治の砲丸投げ姿

写真/POOL/アフロ

間違いなく、日本史上最高のアスリートの一人。

2004年のアテネ・オリンピックでは、ハンマー投で金メダルを獲得。陸上・投擲種目で金メダルをゲットしたのは、日本はもちろんアジア初の快挙。16年に現役引退したが、現在でもハンマー投のアジア記録・日本記録を持つ。

それだけではない。60mを6秒43で走り、冬季オリンピック種目のボブスレーのトライアウトを、異次元の記録で満点突破。アスリートNo1を決めるテレビ番組でも何度も優勝している。

身長187cm、体重100kg。立派すぎる体格だが、桁外れの巨漢が揃うハンマー投の選手としては軽量な部類に入ったという。それでもてっぺんが獲れたのは、競技の特性を踏まえてカラダの使い方を徹底して突き詰めたから。

「高速回転して力任せに投げたからといってハンマーは遠くへ飛ぶわけではない。ブランコと同じ理屈で、その運動エネルギーが最大になるのはスイング軌道上で鉄球がもっとも低くなる“最下点”。その一点でタイミングよく加速させることで記録は伸びるのです」

記録にも記憶にも残るその無双の活躍ぶりは、カラダをいかに効率的かつ合理的に使うかを追求した成果にほかならない。そんな異次元の鉄人に、肩甲骨と股関節の重要性を教えてもらおう!

ケトルベルを選手の頃はよく投げていた。

足から伝達されたエネルギーを、体幹、腕、そして指先にまで伝達し、上半身と下半身のリンクを意識させるのに最適とされるのが、ケトルベルのトレーニング。ケトルベルを置くジムも増えてきた。

でも、ジムでケトルベルをスイングしている人を見かけると、少し残念な気持ちになるとか。

ケトルベルを投げる姿

「本人はできているつもりでも、足首、膝、股関節がまるで協調していない。膝が先に伸びるパターンが多いですね。協調させるには、ケトルベルを投げるのが一番。選手の頃はよく投げていた(笑)。今回のような撮影の合間には、照明スタンドを固定するサンドバッグ(スタンド用ウェイト)を投げたものです。遠くへ投げようとすると、必然的に全身を駆使しないといけないから、誰でも正しい身のこなしができるのです」

むろんジムでケトルベルを投げるのはNG。公園など邪魔にならない安全なところで砂を入れたペットボトルなどを投げてみよう。

短距離のトップ選手は、競走馬並みのお尻をしている。

室伏広治投げる姿

ハンマーを遠くへ投げるためにどのようなカラダの使い方をするのがベストなのか。

それを見極めるため、現役時代からカラダと運動の仕組みを力学的に解析するスポーツ・バイオメカニクス的な研究にも取り組み、成果を競技に応用してきた。

その恩師の一人が、母校・中京大学の教授だった小林一敏さん。

「先生は関節の運動を力学的に説明するのに、難しい数式ではなく手製の木の模型を使うなどしてわかりやすく伝えてくれました」

恩師の言葉でいまも強く印象に残っているのは、陸上短距離選手の下半身の印象について。

「“練習後にふくらはぎが疲れるのは初心者、太腿が疲れるのは中級者、お尻が疲れるのが上級者。トップ選手はサラブレッドのようなお尻をしている”と看破していました。速く走るには足首でも膝でもなく、股関節まわりを使うのがバイメカ的にも合理的。それを直観的に教えてくれたのです」

力を抜くことを覚えたら動きは変わる。

カラダを鍛えようと意気込むほど、重いものを持ちたくなる。

「でも、重さではなく軽さも大切。重みで力むと肩甲骨や股関節周囲の筋群も固まり、せっかくの伝達も止まる。腹横筋など、力を抜かないと働かない筋肉もある。地面からの反動をケトルベルに伝えるために、上半身と下半身をつなぐ体幹筋群の安定性が重要です」

「軽さ」を“負荷”に、力を抜くため現役時代に利用していたのが、空気で膨らませた紙風船。

紙風船を力を抜いて持つ室伏広治

紙風船を力を抜いて持つ室伏広治

「その“軽さ”を感じ、潰さないように丁寧に動くと、普段反応しない筋肉も動員できるのです」

自らが中心となって行った研究でも、それは実証されている。同じプランクでも、紙風船を使った方が僧帽筋や広背筋の活動量がより増える様子がデータで示された。

「肩こりや首痛などの症状がある方は、僧帽筋下部が動いていないケースが多いのですが、紙風船を用いると僧帽筋下部が活動し、肩甲骨を安定させるのです」

肺活量の違いをグラフに

健康な成人男性24人を対象。通常のプランクと、手に挟んだ紙風船を潰さないように保持するプランクで筋活動量を比較。

出典/Murofushi et al., Isokinetics and Exercise Science 30(2022)345-355

仲間と楽しみながらカラダを連動させる。

紙風船がいくつかあれば、仲間と楽しみながら、身体機能を向上させることができる。

たとえば輪になり、両隣の人の手のひらとの間に紙風船を軽く挟み、落とさず&潰さないように気をつけながら、前後左右斜めにゆっくりしなやかに動いてみよう。

「一人で孤独に鍛える時間もいいですが、たまには友人らと一緒にカラダを動かすのも悪くない。紙風船を介して、自分が動かしているような、また周りに釣られるように、全員が協調します。以前老若男女50人でやってみたら、初めての方も、とても盛り上がりましたよ」

バスケやフットサルのようなチームスポーツが趣味なら、練習や試合前のウォーミングアップ代わりにチームメイト全員でトライしてみるのもいいだろう。息がピッタリ合うようになり、みんなのカラダとココロがシンクロできたらパスやシュートの成功率が上がる可能性だってありそう。

スタッフとみんなで紙風船トレを実施

「みんなでやろうよ!」とのお誘いでスタッフも参加。紙風船トレを実践して効果を実感。