痛みや麻痺を越え、再び歩ける未来へ。手術とリハビリの最前線。

カラダが変われば、生き方が変わる。歩く力を取り戻し、“歩ける”その先の人生へ。痛みや麻痺に向き合う最前線の医療と技術を追う。

取材・文/小西 麗 撮影/小川朋央 イラストレーション/モリスン

初出『Tarzan』No.915・2025年11月20日発売

XRを使用したリハビリイラスト

“痛み”を知る専門医による人工股関節手術。

教えてくれた人

金治有彦(かなじ・ありひこ)/日本整形外科学会専門医。藤田医科大学ばんたね病院整形外科教授。人工股関節置換術の第一人者として『情熱大陸』にも出演する、股関節外科のスペシャリスト。

人生を取り戻す手術で「歩ける」のその先へ。

時に体重の何倍もの負荷がかかる股関節。クッションの役割を果たす関節軟骨が摩耗すると、激痛で歩くこともままならない。そうなった時の最後の砦が「人工股関節置換術」だ。第一人者である整形外科医の金治有彦さんのもとには全国から患者が集まってくる。

股関節に人工関節を置き換えたイラスト

すり減った関節軟骨をインプラントに置き換える人工股関節置換術は、関節を温存する治療が難しい場合の最後の砦。形状や角度など個人差の大きい骨盤にぴったりと合うインプラントを入れることで、予後が良く長持ちする。

「人工股関節置換術は、全身麻酔が基本とされる比較的大きな手術です。かつてはインプラントの耐用年数も10〜15年程度で、65歳以上になってから手術を受けるのが一般的だったんです。それが現在では、材質や技術の進歩によりインプラントの寿命は25年程度まで延び、入院期間も3分の1に短縮されました。インプラントが弛んでしまったら入れ替え手術が必要となることもありますが、初回手術よりも高難度・高リスクとなる場合があるため、若い人にはあまり行ってこなかった。しかし、インプラントの耐久性が向上したことで、最近ではかなり治療を受けやすくなっています」

さらに画期的だったのが、金治さんが日本で初めて導入した手術支援ロボット「ROSA Hipシステム」の登場だ。

「筋肉や靱帯をできるだけ切らずに行うMIS法(最小侵襲手術)は、患者さんの負担が少ない手術です。“ROSA Hipシステム”はMIS手術との相性がよく、寛骨臼(骨盤の外側にあるカップ状のくぼみ)側のインプラントを正確に設置できる。ロボットを使用した人工股関節置換術はまだまだ進化の途上にあり、今後さらなる改善が期待できます」

手術風景

患者が抱えているのはカラダの痛みだけではない。彼らの精神的な苦痛に寄り添い、“生き方”そのものを取り戻すことに手術の目的はあるという。

「彼らが何に困っていて、どう生きたいのか。それを聞かないと本当の意味での治療にはならない。ゴルフや登山を再開できるようになった、孫と一緒に散歩できるようになった、そう語る彼らの表情は本当に明るい。手術はカラダだけでなく、心も軽くするんです」

ROSAの画像

これまで執刀医の腕に左右されていたインプラントの角度や両脚のバランスを、「ROSA Hipシステム」が数値化・可視化し手術をアシスト。より傷口を小さくするMIS法を適用することで、合併症リスクも軽減できるようになった。

人工股関節の画像

ロボット支援手術でカラダの負担を減らす。

リハビリのモチベアップ。遠隔でも患者をサポートできるXRの最前線。

教えてくれた人

蔵田武志(くらた・たけし)/国立研究開発法人産業技術総合研究所 柏センター 所長。人間社会拡張研究部門長。NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業として、肩まわりのリハビリをメタバース(仮想空間)で実施する触覚ウェアシステムを開発した。

退院後も寄り添う続けられるリハビリ支援。

遠隔XRでリハビリしているイラスト

リハビリは、続けることがいちばん難しい。退院後に孤軍奮闘……そんな状況を変えようと、〈NEDO〉が“遠隔XRリハビリ”の研究を進めている。

ウェア型デバイスが肩の動きを歪みセンサーで検知。ズレをヒートマップ化し、空気圧が「ここだよ」と触覚で導く。誤ったフォームを指摘してくれるサボれない設計で、肩甲骨まわりの繊細な動きを正しく習得できる。

「保険の上限や通院距離の問題で、リハビリを中断せざるを得ない人も多い。そんな利用者を長くサポートできる環境をつくれたら」と、産総研の蔵田武志さん。

互いに励まし合う“仮想空間でのリハビリ”も構想中。応用すればVRやメタバースの臨場感向上にもつながる技術だ。リハビリの継続を支え、家でも前に進める未来が近づいている。

リハビリとは孤独との闘いでもある。しかし、遠隔XRリハビリが実現すれば、それぞれの自宅にいる利用者がメタバース空間に集って“互恵ケア”も可能に。ログが残せるので、専門家からのアドバイスも受けやすくなる。

実用化に向け進行中。麻痺が残る患者に歩く希望をもたらすロボット技術。

教えてくれた人

藤原俊之(ふじわら・としゆき)/順天堂大学教授。脳卒中後の上肢機能、体幹機能、歩行などについて電気刺激・磁気刺激を用いた治療法開発に取り組む。近年はAIを活用したロボットリハビリテーションの開発も。

歩行を“実用速度”へ、反射を使う新アプローチ。
FAST walkを使用して歩いているイラスト

電気刺激で歩行の神経回路に働きかけ、麻痺があっても歩行時のリズムを再現。従来のロボットシステムと比べ、コンパクトな装備で効率的なリハビリが可能に。必要以上に介助に頼らず、“自分の脚で歩く”感覚を育てる。*イラストはイメージです

脳卒中の後遺症で手足の麻痺が残る患者の多くが、歩行に障害を抱えるといわれている。信号を渡る、駅の階段をさっと上がる……日常生活に必要とされる、実用的な歩行速度への壁は高かった。

そんななか、順天堂大学の藤原俊之教授らが開発した《FAST walk》は、1日1回30分のトレーニングをたった10回続けただけで慢性期脳卒中患者の歩行速度を改善することに成功。

「人間のカラダは、脳からの電気信号で動く仕組み。《FAST walk》は反射回路を利用し、脚を出すタイミングに合わせて脊髄と股関節に電気刺激を入れることで、スムーズな歩行を補助します」(藤原俊之教授)

麻痺があっても、自分の脚で歩く感覚に近づける。次世代のリハビリとして、実用化へ向けた研究が進んでいる。