湯上剛輝(円盤投げ)「手話で応援してくれた。こんな経験は初めてです」

昨年、2つの大きな大会に出場した。これから先の自分に何を想うのか。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2026年2月12日発売〉より全文掲載)

取材・文/鈴木一朗 撮影/岸本 勉

初出『Tarzan』No.919・2026年2月12日発売

湯上剛輝(円盤投げ)
Profile

湯上剛輝(ゆがみ・まさてる)/1993年生まれ。183cm、107kg。2017年、トルコで開催されたデフリンピックで銀メダル。18年、健聴者も参加した日本選手権で62m16を投げ、当時の日本記録を樹立。25年、オクラホマ・スロー・チャレンジで64m48を投げ、日本記録を更新。同年、陸上アジア選手権で銀メダルを獲得。東京での世界陸上に出場、デフリンピックでは金メダル。

取り組んできたことが、実を結んだという意味で、世界選手権は光栄だった。

陸上競技の円盤投げで、日本記録を保持しているのが湯上剛輝である(26年1月25日現在)。彼は生まれてすぐに先天性難聴と診断された聴覚障害者で、そのため25年東京で行われた世界陸上とデフリンピックの両方に出場した唯一の選手となった。この2つの大会に挑んだときの気持ちは、どうだったのであろうか。

湯上剛輝(円盤投げ)

「世界選手権のときは、あくまでチャレンジャーという気持ちで臨みました。この大会の円盤投げに出た日本人選手は僕が2人目で、しかも今回は開催国枠で出場が叶った。この種目は、世界との差が非常に大きいんですよ。それでも、これまで取り組んできたことが実を結んだという意味では、すごく光栄でした。ただ、戦うとなるとまだ全然及ばないというのが正直あった。だから、やってきたことを少しでも出せればという想いで、挑戦したんですよ」

このときの金メダリストはスウェーデンのダニエル・スタールで記録は70m47。湯上の持つ日本記録は64m48だから、彼自身が力不足を感じていたのは仕方がないことだろう。結果も37位であった。しかし、デフリンピックにおいては、置かれている状況がまったく違っていた。

湯上剛輝(円盤投げ)

「デフリンピックのほうが、ちょっとレベルが低いんです。それは競技人口が少なかったり、サポート体制がまだ出来上がっていなかったりという理由があるのですが、僕はメダル最有力候補として臨ませてもらいました。前々回の大会では銀メダルで、前回は新型コロナで出場できなかった。だから、今回はもちろんチャレンジャーという気持ちもあったのですが、それは世界選手権のときのように他の選手に挑戦するということではなく、自分に対するという感じでした。それに、やはりリベンジしたい思いも強かったですね」

結果は金メダル。見事にリベンジを果たしたのである。そして、これらの活躍の結果、25年12月には日本パラスポーツ賞大賞が贈られたのだ。

スポーツは普通に健聴者とやっていた。

耳が聞こえづらいというのは大きなハンデだろう。しかし、湯上は子供のころからカラダを動かすのが好きで、健常者に交じってスポーツを楽しんできた。というより、両親がそれをできる環境を整えてくれた。

湯上剛輝(円盤投げ)

「最初はスイミングに通ったんですけど、両親が事前に僕の耳が聞こえないことをスクール側にすごく丁寧に説明してくれて、受け入れてもらえることになった。それで、健聴者の中で普通にいろんなスポーツをやるようになりました。それが今に至っていると思いますね。だから、両親には本当に感謝しかないです」

地元である滋賀県甲賀市のスポーツクラブに入り、陸上のハードルや走高跳をやったり、球技にも積極的に参加した。そのすべてが素地になった。そして、中学校のとき円盤と出合う。場所は体育倉庫だった。

「円盤投げという種目があることは知っていました。3年のときに倉庫に行ったら、そこに円盤があった。当時は砲丸(投げ)をちょっと齧っていたんですが(今も筋力トレーニングの一環で取り入れている/写真)、円盤も投げようかということになった。で、やってみたら砲丸よりも飛ぶし、最初から綺麗に投げられた。普通はベラベラ(進行方向に対して円盤が左右に揺れて推進力が落ちる)ってなるんですけどね」

湯上剛輝(円盤投げ)

一発で魅了された。「高校では陸上部で円盤投げをやってみよう」と、その瞬間に思ったと言う。ただ、高校になると円盤の重量が変わる。湯上のときには中学男子が1㎏、高校男子は1.75kgだった。つまり、高校に入ると750gも重くなる。

「最初のころは重いって感じで終わっていたんですが、それでもやっぱり綺麗に飛ばすのが面白い。そういう楽しい気持ちがずっと続いていて、そのうちにやればやるだけ(距離が)延びるようになった。滋賀県でもわりと強い選手になれたんです」

スポーツの名門・中京大学に進み、ここで全国区に躍り出る。そして、トヨタ自動車に入社した2017年、トルコ・サムスンでのデフリンピックの銀メダルへと繫がるのだ。

足がしっかり動けば、力を円盤に伝えられる。

それにしても円盤投げという種目、見るからに難しそうである。投げるときのターンではバランス力や加速力が必要だろうし、それを支えるためには強靱な体幹がなければならない。彼は何を重要視しているのか。

湯上剛輝(円盤投げ)

「まず、足がしっかり動くことです。これで地面からもらった力を上へと伝えていく。それが腕から円盤へとうまく渡ることで、(飛)距離に直結する。自分のカラダの動きが全部嚙み合ったときに、円盤はブレもなくスッと飛んでいく。とても綺麗です。残念ながらそれをできたことは、今までに何回もないんですけど(笑)」

もちろん技術だけではなく、筋力アップも飛距離に直結する。湯上はオフシーズンには週3回投擲練習を行い、他の3日を筋力トレーニングに充てる。「時間があればずっとグラウンドに行って投げているような気もするし、ホームジムで鍛えている気もするし(最近バーベルとプレートを250kg分揃えた)」と、自身のブログにも記しているほど。

彼が語ったように世界との差は大きいのだが、それを少しでも縮めようと日々努力を重ねているのだ。その先には、来年北京で行われる世界陸上があるし、2年後にはロサンゼルス・オリンピックも控えている。

湯上剛輝(円盤投げ)

「まだ、今はちょっと遠いですね。もちろん出たいっていう気持ちはずっと持っているんですが。僕自身は67mぐらいの記録を目標としていきたい。それが世界選手権などの標準記録になってくるし、それらの大会でベスト10を狙えるようになる。年齢的に筋力が衰えてきているかといったら、実はむしろ上がっているので、うまくトレーニングをして強くしていきたい。もちろん、技術的なことも、より深く追求したいです」

やはり忘れられないのは、日本中が沸きに沸いた昨年の世界陸上だ。

「世界と戦うには、自分の軸を持って取捨選択というか、いらないことはポイして、いいことだけを取るということをずっとやってきたので、それを継続していきたいです。世界選手権ではもっと活躍していい結果を残したかったし、少し悔しい気持ちはあります。ただ、たくさんの観客の方が手話で“がんばれ”みたいな感じで応援してくれた。そんな経験って、これまでなかったですから、励みにもなった。今は自分のできることをただやっていく。まだまだ、伸びしろはあると思っています」