「満たされなさに満たされる」文・小谷実由|A Small Essay

ウェルビーイングな時間ってなんだろう。様々な人に、その人ならではの視点でエッセイを寄せてもらいます。

文・小谷実由 写真/編集部

文・小谷実由

満たされない気持ちのおかげで、満たされている部分がある。そんななぞなぞみたいな話があるのだろうか、という私の話。

私は何度も繰り返す習性がある。好きになると同じようなものを延々と集め、同じものを食べ続け、同じ映画を見続ける。

櫛を集めている。シンガポールを旅した際に、長方形で持ち手の丸い穴が開いている蛍光オレンジ色の櫛に出会い一気に心を撃ち抜かれた。櫛なんて今まで一度も注目したことがなかったのに。あれから7年の時が流れ、あの蛍光オレンジ色の櫛は日に焼けて薄くなり肌色になった。未だあのときめきを求め、飽きることなく夢中で集め続けている。多種多様な櫛は、色や質感、形、いろんな角度から魅力を私に見せつけてくる。集まるほどに探究心も深まり、私だけにしかわからない揺るぎない自信が湧いてきた。現在486本。こんなに集めてどうするの? とよく聞かれる。そりゃそうだ。「ね、どうしよう」とニヤニヤしながら答えることしかできない。集まった大量の櫛を毎度床に並べて眺め、幸せのため息が漏れる。

お寿司屋さんに行くと、芽ねぎの寿司を三回食べる。軽快なポップスのサビのように最初と中盤と締めにテンポよく食べる。普通は同じネタを三度も頼むことはあまりないだろう。寿司ネタにはマグロやいくら、ウニなどスターネタがたくさんいて、次はどれにしよう…と悩ましく思いながら食べ進めることも幸せだ。芽ねぎの立ち位置は白身の真鯛からさっぱり始めて、盛り上がってきたところでちょっと箸休めに食べてみるか、くらいのものだと思う。

ところが、私は芽ねぎの寿司を食べると心底うっとりする。幸せの感覚を説明するならば、ジメジメした空気の中にひんやりとした風が通り抜けた時のちょっと寂しくなるあの夏の日が、口を経由して頭の中にひろがるのだ。あの心をぎゅっとさせる恍惚な懐かしさに魅了されて、スターネタそっちのけで繰り返してしまう。何度も同じものを頼むことも大人っぽくて良い。

贔屓にしている江戸前寿司チェーン店 築地すし好では芽ねぎ寿司は150円。三回食べても450円。リーズナブルなのにしっかり大人っぽい気分になっている自分がいて可笑しい。本当は三度以上注文したいけれど、ずっと目の前で寿司を握ってくれる板前さんに「この客に店の芽ねぎを食べ尽くされてしまう…」と怖がられそうなので三度が限界。なので、また訪れては三度食べる。

Talking Headsのライブフィルム『STOP MAKING SENSE』を一日中家で繰り返し見る。DVDプレーヤーって最高だ。再生が終わると、自動でまた最初から再生してくれるリピート機能がある。私の習性と相性が抜群すぎる。子供の頃から好きになると同じ曲を繰り返し聴くなどの片鱗はあったけれど、そう長くは続かなかった。

しかしこの映画はもう10年以上繰り返している。何度見ても初めて見た時に感じた高揚感は消えず、毎度同じ感動が心に宿る。突然デヴィッド・バーンがステージをぐるぐる旋回して走り出すことや、急にカットが切り替わったら赤白帽みたいなシュールなキャップを被っている姿とか、逐一お気に入りのシーンでしっかり大喜びする。それに加え、何度も見ているのに新たな発見があった時なんて大変だ。さらなる喜びに祝杯をあげる。まるではるか昔の地層から化石を発掘・調査し続けるハンターのような気持ち。

一度きりじゃその魅力を味わえていない。まるで自分の好きという感情を過信しているような、あるいはこの素晴らしさはこの程度じゃないと疑っているような、なんともいえない満たされなさで繰り返す。でも、繰り返している間の自分の心は、好奇心でとてつもなく満たされている。側から見ればあまりにも個人的且つ無味乾燥な行為だと思うが、私はいつも高らかに頭の中で謳い上げている。この世の至高だと。

Profile

小谷実由/1991年東京生まれ。14歳からモデルとして活動を始める。ファッション誌やカタログ・広告を中心に、モデル業や執筆業で活躍。著書に『集めずにはいられない』『隙間時間』(ループ舎)がある。