幼少期に感じた高揚感を今も!岩橋玄樹が語る巨人愛。
幼少期から巨人とともに育ったアーティスト・岩橋玄樹さん。球場で感じた衝撃と憧れの記憶、そして心に刻まれた名場面の数々。受け継がれる“ジャイアンツDNA”への想いを語る。
取材・文/若山あや 撮影/樽木優美子
初出『Tarzan』No.922・2026年3月26日発売

Profile
岩橋玄樹(いわはし・げんき)/1996年生まれ。歌手、俳優として日本とLAを拠点に活動。ジュエリーブランド〈TwO hundRED〉のデザイン&プロデュースも手がけている。
92年の歴史で引き継がれたDNAを強く感じます。

『月刊ジャイアンツ』での連載は9年目に入り、自他ともに認める大の巨人ファン。「その肩書は僕を追い越していてプレッシャーを感じるほど(笑)」と言う岩橋玄樹さん。父親が球団のチームドクターを務めていたことから、幼少期から当たり前のように“野球”と“巨人”と共に育ったという。
「学校はもちろんどこに行くにもジャイアンツの帽子を被り、グッズを身に着けていた子供でした。幼稚園から中学校3年まで野球をやっていて、ポジションはショート。先輩を追い越してずっとレギュラーでした。当時は同じショートの坂本勇人選手がルーキーで活躍していて、とにかく憧れの存在。〈スラッガー〉という同じメーカーのグローブを使っていました。中2でアイドル活動を始めると、野球部の練習を終えてからMステの生放送に出たりも。プロになりたいと思っていたのでマネージャーさんに“アイドルと野球選手の二刀流でいきたい”と言ったら、普通に怒られましたけど(笑)」
初めて生で巨人の試合を見たのは小1。その時の感動や高揚感は、一生忘れられないという。
「東京ドームの大きさに圧倒されたし、ゲートから入ってグラウンドを見下ろした時に原辰徳監督はじめスターたちがウォーミングアップをしている様子を見て、夢を見ているようで。それから試合前の選手たちの様子を見るのも楽しみの一つになって。僕は現役時代を知らないんですが、篠塚和典コーチのノックの仕方は本当にカッコよくて印象に残っています。そして単純だけど、やっぱりオレンジ×黒のユニフォームがカッコいいんですよね」
「木村拓也選手の追悼試合での谷佳知選手の満塁HRや、長野久義選手と坂本選手の最多安打記録争いで見せた、長野選手の男気」など名シーンを挙げればキリがない。
「どの場面にも、92年の長い歴史の中で引き継がれたジャイアンツのDNAを強く感じるんです」

自身の名前が刻まれた特別なユニフォーム。背番号の「2」は大好きな元木大介さんが由来。
忘れられないシーン。
・捕手・木村拓也の緊急出場
2009年の対ヤクルト戦。「普段は捕手でない木村さんが急遽代役を務め無失点に抑えた場面。号泣しました」。
好きなプレースタイル。
・篠塚元コーチの試合前のノック
岩橋さんが選ぶベスト9+α。


