老化学研究者に聞く、人類が500歳まで生きる日のこと。

“ヒトは何歳まで生きられるのか?”という究極の問いについて考えてみたい。ヒントになるのは、海の中で数百年生きる生物。寿命に挑む研究の最前線をひもとこう。

text: Kenji Inoue illustration: noa1008 expert advisor: Motoshi Hayano

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教えてくれた人

早野元詞(はやの・もとし)/東京理科大学研究推進機構総合研究院准教授。博士(生命科学)。一般財団法人ASAGI Labs代表理事。アメリカXプライズ財団によるコンペティション「XPRIZE Healthspan」に挑戦。

「老化とは情報の劣化であり、細胞の認知症のようなものだと捉えられる」

人類が古代から追い求めてきたのは究極のアンチエイジング、不老不死だ。見果てぬ夢に思われた不老不死だが、21世紀に入り、新たなフェーズを迎えつつある。平均寿命を現在の数倍にあたる数百歳まで延ばせる可能性が真剣に議論されているのだ。

そうしたアンチエイジングの極みに挑む気鋭の生物学者の一人が、東京理科大学の早野元詞准教授。糸口は、ヒトより遥かに長生きする動物たちの探究だ。

「カメやゾウが長寿動物として知られていますが、地球にはもっと長生きする動物がいる。僕らの研究対象は、北極海に棲むニシオンデンザメ。平均寿命はおよそ400歳で、なかには500年以上生きる個体もいます。ヒトと同じ哺乳類でもっとも長命なのは、同じく北極海に棲むホッキョククジラ。寿命は200歳を超えます」

「それはサメやクジラの話でしょ」などと侮るなかれ。これらの生き物の遺伝子は驚くほどヒトと似ており、彼らの長寿の秘密を解き明かすことは不老不死の固い扉を開く重要なきっかけとなる。

「寿命の50%は遺伝、残りの50%は環境や生活習慣で決まる。環境を整えたり、食事や運動といった生活習慣を改善したりするだけのアンチエイジングには限界がある。これから目を向けるべきはゲノム(遺伝子上の全情報)をどこまで編集できるか。現在ホッキョククジラの遺伝子をハエに移植し、寿命が延びるかどうかを確かめる実験が行われています」

「長寿動物の遺伝子を取り入れれば、ヒトの寿命を延ばせる可能性がある」

では、長命な生き物と短命な生き物では、遺伝的には何がいちばん違うのだろうか。

「遺伝子の情報を伝えるのはDNA。遺伝子にはタンパク質の作り方が書いてある。酸化ストレスなどでDNAが部分的に壊れ、おかしなタンパク質が作られると老化の発端となる。200歳生きるホッキョククジラでは、DNAが傷つくと即座かつ完璧に直す仕組みが整っています。そのシステムを導入すれば、タンパク質のクオリティが保てるようになり、寿命を延ばせるかもしれないのです」

DNAに生じたダメージをリセットするメカニズムはヒトにも備わる。ただそれはホッキョククジラのように完全無欠ではなく、わりといい加減だとか。修復度合いが不完全なほど、正常なタンパク質の生産効率が下がり、カラダの機能が低下する老化を招き、じわじわと死へ近づく。寿命とはDNAの再生保存能力の違いにより、それぞれの種ごとにあらかじめプログラムされているともいえそう。

「生命はDNAの乗り物」という言い方もあるように、そのプログラムの目的は自らのDNAを次世代へどう繫ぐか。多くの生物は生殖能力を得て性的に成熟した瞬間にエイジングが始まり、生殖を終えたらいつでも死ねる状態になる。

「ニシオンデンザメが生殖できるのは100歳を越えてから。しかも泳ぐ速さはヒトが歩くスピードより遅いといわれているので、広大な北極海でオスとメスが出会ってカップリングする確率は極めて低い。だから400年という長い寿命が必要なのでしょう」

ヒトは異性と出会うのに何百年もかからない分、短命なのかも。

「私は、ヒトの寿命は本来38歳程度と考えています。事実、120年ほど前まで平均寿命はそのくらいでした。この年齢は男女ともに盛んに生殖が行える時期の終わりと一致しています」

DNAは遺伝子という情報を伝えるメディア。だとすると「老化は情報の劣化」と捉えられる。早野先生はそうも指摘する。

「全細胞にはDNAに刻まれた同じ遺伝子のセットがあります。その数はおよそ2万個。細胞は2万冊の本を収めた図書館であり、各々の細胞の役割に応じて必要な本を数冊取り出し、どんなタンパク質を作ればいいかを参照するのです。老化とはどの本を読めばいいかがわからなくなり、細胞が生来のアイデンティティを失って機能が果たせなくなる状況ともいえる。これが“老化は情報の劣化”という意味であり、老化は“細胞の認知症”ともいえます。自らのアイデンティティを見失った細胞は間葉系細胞という何ら機能を持たない細胞に変わりやすく、機能低下がリミットに達すると38歳前後で自然な死を迎えるのです」

現代人が38歳を越えてもなお生き続けるのは、知識と知恵を代々蓄積して長生きできる状況を整備し続けているから。延長線上にあるのが不老不死への挑戦だ。

「ロンジビティの世界にAIが入り、有効な薬を次々と見つけている」

その最先端が、2023年にスタートしたアメリカXプライズ財団による総額1億1000万ドル(日本円で約170億円)という話題のコンペティション『XPRIZE Healthspan』。コンペティションに勝つ条件は、65〜80歳の健康な人が、10〜20歳の若返りに相当する「筋肉」「免疫」「認知機能」の改善効果がある治療法を見つけること。すべての人類がアクセスしやすく、簡単に使えてかつ寿命が延びるようなテクノロジーの考案が至上命題である。世界中から多くの研究チームがエントリーしており、早野先生がプロジェクトリーダーを務める〈ASAGI Labs〉も名を連ねる。

「このコンペティションでは、老化抑制以外にも、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)の治療法の開発も同時に支援しており、僕らは双方にエントリーしています。注目しているのは、《ムコソルバン》の薬効。FSHDに関しては現在トップ8の一つに選ばれており、賞金3600万円相当を獲得しています」

《ムコソルバン》は、痰を出す去痰剤の一種で、気管支炎や気管支喘息の患者に用いられる。その有効成分アンブロキソール塩酸塩には、気管の粘膜に働きかけて痰の排出を促す以外に、老化に伴うタンパク質の劣化を抑える働きなどにより、アンチエイジング効果を発揮することが期待される。

この他、免疫抑制剤《ラパマイシン》や糖尿病治療薬《メトホルミン》のように、承認済みの医薬品にも新たな効能として抗老化作用が見つかっている。原動力となっているのがAIの進化だ。

「ロンジビティ(健康寿命延伸)の世界に凄い勢いでAIが入ってきている。僕らもAIを駆使し、《ムコソルバン》以外にもロンジビティで使えそうな承認薬リストを作り、研究を進めています。世界的には、老化や疾患に従い、臓器からどのようなタンパク質がどんな割合で出てくるかの解析をAIがすでに完了しており、アメリカではそのデータベースを用いた医療サービスを提供するベンチャー企業が次々誕生しています」

「宇宙で暮らすためには、老化を止める十分なテクノロジーが必要」

こうしたスタートアップ企業の一つが〈Function Health〉。血糖値やコレステロール値などの測定がメインの健康診断ではカバーできない検査を、年499ドル(約8万円)で提供。AIで解析した血中タンパク質のパターンから数千以上の病気の兆候を早期発見し、健康寿命の延伸に繫げる。10万人以上の有料会員がおり、50万人が入会待ちだという。

アメリカのアルテミス計画など各国で有人宇宙計画が活況だが、寿命を延ばすゲノム編集などのロンジビティ技術は有人宇宙計画にも大いに活用できる。

「宇宙では強い放射線にさらされるうえに無重力で筋肉や骨が急速に衰えるため、老化が猛烈な勢いで進みます。ゆえに宇宙旅行や他の惑星への移住にはロンジビティ技術の応用が欠かせない。『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイやシャア・アズナブルが宇宙暮らしであれだけの筋力と体格を維持していたのは、未来のロンジビティ技術のおかげでしょう(笑)」

最後に先生に聞いた。近い将来、ヒトも500歳まで生きられる時代が来ると思いますか?

「技術的にはあり得ます。問題は“飽き”じゃないですか。150歳くらいまで生きたら何もかも経験済みで、何事にもエキサイティングしなくなる。それだと長生きしてもつまらないから、最終的には記憶をリセットする技術を開発する必要があるかもしれません」