

シューズ《TORIN 8》 25,300円、以上アルトラ、問い合わせ先:アルトラ公式サイト、Tシャツ 30,800円、以上サティスファイ、問い合わせ先:ビームス 原宿、シャツ29,040円、以上ベースレンジ、問い合わせ先:ベースレンジ ジャパン



文・小澤匡行
最初は偶然かと思っていたのだが、現在ランニング市場で勢いの盛んなシューズメーカーが、2008〜2009年に集中して設立している。多くのランナーと同じように、僕はちょうどこの頃に村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』に出会い、再び走り始めた。文中の氏の名言はいくつもあるが、今でも「走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走ることを止めるための理由は大型トラックいっぱいぶんはある」という言葉は心にずっと留まっていて、たまに思い出す。そして走る、という行為に意味を見出すようになった。
同じ頃、これまた名著である『BORN TO RUN』も読んだ。人は裸足に近い状態こそ最も効率よく走ることができる、という思想は多くのランナーに影響を与え、それによって山を走る人が増えたと思う。先述した数々のメーカーは、みな常識に反抗するようにプロダクトを生み出した。その当時は異端と言われて話題になったシューズが、今はシーンの常識になりつつある。そのひとつが〈ALTRA〉の「ゼロドロップ」だ。
アメリカはユタ州生まれの〈ALTRA〉は、そんな頃に人間本来の足へ戻ろうとして「異端」なシューズを作ったブランドだ。怪我の多いランナーのことを思い、既存のシューズのヒール部分を削り、高低差のないソールを考えた。足を自然な形に戻し、人間本来の走り方へと導き出す。そんな思考がかかととつま先の高さの差が「0mm」に設計したゼロドロップと呼ばれる新しい感覚のシューズを作り出したのである。
なんとなく、ファッション業界内でも山を走る、登山を楽しむ人がコロナの前あたりから増えてきて、〈ALTRA〉のトレイルシューズが注目されるようになった。僕の知る限り、彼らは靴の機能というより、ブランドの思想を買っているようで、山だけでなく街でも日常的に履いていた。その「本質を知っている感」が、おしゃれにも見えた。何より〈ALTRA〉はデザインが控えめで、アウトドアブランドらしい斬新な色使いを好まない。主役になろうとしないところが、服にも合わせやすいのである。
日常で使う分には、トレイルシューズ特有のソールの硬さやグリップ力の高さは気にならないが、街中で走るとなると話は別だ。僕も以前に《ローンピーク》というモデルを履いたことはあったが、改めて〈ALTRA〉で走ってみたくなり、ロード用の《トーリン 8》をワードローブに加えてみた。山を降りても長距離を走りたいというトレイルランナーたちも愛用している、万能なロードモデルで、ゼロドロップなのにクッションがあり、快適なシューズだ。僕が持っているのは8代目で、派手さのかけらもないオールブラック。そして一番好きなところは、速さを主語にしない思想にある。
履いた瞬間に感動するタイプではない。5km、10km走ったくらいでの見解は、平凡であるけれど「思ったよりクッションがあるな」というものだ。しかし走れば走るほど、その良さが静かに見えてくる。たとえばプレート入りの厚底シューズが、能力以上のスピード感や、自分を前に進めてくれるなら、《トーリン 8》は自然なペースで走り続けられるシューズだ。ランニングとの付き合い方、というか自分の精神的なところに向き合えるとでもいえばよいのか。一人でも、友人とでも、ランニング以外の何かに向き合う余白を残してくれるところに価値があると思っている。
僕の仕事は、原稿の叩きを考えたり、会社のことを考えたり、資料をつくるための構成を考えることに多くの時間が充てられている。そうしたときに、デスクに向かっていてもさして進まなかったり、答えが出ないことばかりだが、1時間くらい走っていると妙に考えがまとまることがある。そうした日のランニングはとても長期的な作業のようで、身体を動かして一定のリズムを作れると、自然と脳が離れていくというか、思考がよく流れるのだ。よりよいアイデアが瞬間的に思い浮かぶと、ついつい立ち止まってメモを残すから、それはそれで慌ただしいのだけれど。
長く走り続けるためのシューズは、長く考え続けるためのシューズと同義語である。しかも走ることに対してアドレナリンが分泌されるのでなく、むしろ足のこともシューズのことも自然と忘れていく。だから自然と考えることが残るのが、〈ALTRA〉とのよい関係性だ。これが時代的によいかはさておき、仕事を進めるためには仕事の時間以外が必要なタイプであることに、改めて気づいてしまうのである。
足もシューズも忘れるために、〈ALTRA〉には「Footshape」というテクノロジーがある。ランニングシューズは一般的につま先に向かって細くなるシルエットだ。長く距離を走ると足がむくむから、ここがきつく感じ始めるのだが、「Footshape」はつま先が広がっている設計なので、指が自由に動かせるし、足が圧迫されない。こうした特長もまた、考えるシューズの真価ともいえる。






