齋藤志保(太極拳)「太極拳は華やかな競技。もっと知ってもらいたい」
ワールドカップや世界選手権など、日本の太極拳を牽引してきた彼女は9月のアジア競技大会で有終の美を飾る。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2026年7月23日発売〉より全文掲載)
text: Ichiro Suzuki photo: Kazufumi Shimoyashiki
『Tarzan』No.930 on sale July 23, 2026.

Profile
齋藤志保(さいとう・しほ)/1994年生まれ、岩手県盛岡市出身。164cm。2024年、武術套路ワールドカップ太極拳優勝、太極剣2位。25年、世界武術選手権大会太極剣1位、太極拳3位。同年、武術套路アジアカップ双人太極拳優勝、太極剣2位、太極拳3位。全日本武術太極拳選手権大会では第32〜42回(15〜25年)まで自選難度太極剣優勝、第33〜42回まで自選難度太極拳優勝。
大会前は必ず緊張する。ココロの硬直がカラダに直結してしまう。

極拳と聞いて、どんなイメージを持つだろうか? 早朝の公園で、年配の方々がゆっくりと行う健康運動。そんな感じかもしれない。しかし、こと競技という観点から見れば、大変過酷なのである。
齋藤志保は2024年の武術套路ワールドカップ(套路は太極拳の武術動作を連続で行う型)では太極拳で優勝、太極剣(太極拳で両刃の剣を使う武術)で2位。翌年の世界選手権では太極剣で優勝、太極拳で3位だった。まさに日本の第一人者といえよう。

この武術の運動量について聞くと、「陸上の800mとか体操と同じと言われることがありますね。どちらもやったことがないのでわかりませんが」と笑う。写真でも、その凄さはわかるだろう。
片脚でスクワットをするような動作はあるし、瞬時に高く跳躍する瞬発力、3〜4分という競技時間を動き続ける持久力も必要だ。そして、しなやかで美しい動きを演出する柔軟性。生で見てもらえば、普通の人にはとても真似できない動きだと理解できるはずだ。

「大会前は必ず緊張します。ただ、少しのミスも許されない競技なので、常にいつも通りということを心がけています。起きる時間とか、何かをする順番とか、試合会場に行ってからも同じ流れで準備をする。心身のバランスというのがとても重要で、ココロの硬直がカラダに直結してしまうんです。とくに首に力が入っていると、お腹に力が入りづらい。首の力を抜いて肩は落とす。そして、足で地面を踏みしめる。そんな感じが必要です。あとは、太極拳の選手ならみんな意識していると思いますが、自分は床に立っているけど、頭は天井から支えられている(糸で吊り下げられている)という感覚。それがあるから、動きが安定すると考えているんです。だから、試合会場でも東京体育館なんかは大変。天井が高いから、(天井と繫がる感覚に)気をつけていないと演武に影響が出てしまったりするんです」
強さだけではなく、繊細さも求められる競技なのだ。齋藤の演武は先の成績が示す通り、世界でもはっきりと認められている。実はアジアの何か国かではプロが存在する。つまり、太極拳を生業としている選手がいるのである。
そういう選手ばかりが集まった大会で、日本人のアマチュアである彼女が成績を残したのだ。


「プロがうらやましいっていう気持ちは、日本人選手は全員が持っていると思います。ただ、練習の質とか内容に関しては全然負けていない。カラダの感覚を研ぎ澄ませていくことがこの競技の特性で、時間がないなかでも、必ず集中してから毎回練習に臨む。そうすることで、クオリティは上がっていく。世界選手権やワールドカップに出場する他の国の選手は、みんな若いんです。プロだからトレーニングもしっかりやって、難度動作(高い身体能力や柔軟性を生かしたアクロバティックな動作・技)のレベルも高い。ただ、太極拳の動作としての完成度は、まだ私のほうができていると思っています」
太極拳のために入った大学。しかし学ぶことは多かった。
4歳で長拳(中国武術のひとつ。スピーディで大きな動きが特徴。跳躍や足技が比較的多い)を始めたが、あくまで遊びの延長だった。それが変わったのが、現在日本武術太極拳連盟のヘッドコーチを務める孔祥東さんとの出会いだった。
齋藤が8歳のとき、孔さんは太極拳を普及させるために東北を巡回して、彼女の地元である岩手県盛岡市を訪れたのだ。

「動きをすぐに習得できたし、柔軟性も優れていた」と孔さんはあの頃を思い出して語ってくれた。そこから、齋藤は太極拳にのめり込んでいく。それが半端ではない証拠に、世界ジュニアでは1位になっている。
ただ、そのときは太極拳の基礎の動きを競うだけだった。しかし、年齢が上がるに従い、演武に難度動作が入ってくるようになった。
「それまで、ゆっくりな動きというか、それこそ地面を踏みしめるような動きをたくさんたくさん練習してきて……、急にジャンプしろって言われても(笑)。瞬発系の動きを本格的に始めたのは高校3年からです。縄跳びだったり、跳び箱ジャンプだったり。体幹トレーニングができる場所があって通ったりしました」
大学は東京と決めていた。日本武術太極拳連盟のトレーニングセンターが江戸川区にあり、最高の指導が受けられるからだ。もちろん孔さんもいる。日本体育大学に進学する。

「太極拳をするために入った大学ですが、体育学科ではより深く自分のカラダがわかるようになったし、テーピングとか怪我の対処法なども学べました。それに、ウェイトトレーニングも覚えました。そんなに重い重量は持てないのですが、スクワットやクリーン、デッドリフトなどを下手なんですがやっていました。これをやるようになって、力の入れ方というのがわかってきた。太極拳では一瞬で力をポンッと出せることが重要で、ウェイトをするようになって、改善できてきたと思います」
アジア競技大会ではより自分が出せる、そんな演武がしたい。
仕事、トレーニング、練習という日々を、大学を卒業した齋藤はずっと続けてきた。大会では華々しい成績に彩られているが、毎日は厳しさの連続であったに違いない。しかし、ピリオドが打たれる日がもうすぐやってくる。
今年9月に名古屋で開幕するアジア競技大会を最後に、競技生活とは別れを告げようと思っているのだ。もちろん、太極拳は生涯ずっと続けていくのであろうが。

「アジア競技大会までは、今までやってきた武術をもっと練っていきたいというのがあります。具体的には、もう少しリズムの強弱をつけるとか、目線をしっかりさせるとか。まだ弱い部分があるんです。あとは、もっと外に向かって表現できるようになりたい。これは、言葉にするのは難しいんですけど……。なんだろうな、ただ動いているのではなく、たとえば腕をまっすぐ前に出したら、あっちまで手が届くかのような伸びやかさとか。より自分が出せるような演技にしたいんです。太極拳というのは本当に魅力的というか、華やかな競技だと思うんです。だから、多くの人に見てもらいたいというのがあるし、最後にちゃんと自信を持ってできるように、これからやっていくつもりです。だんだん良くなってきてはいるんですよ。名古屋が終われば、指導員とか、太極拳を裏から支えるようになると思うのですが、この競技をもっと知ってもらえるように、いろんな情報もがんばって発信できればと考えています」
試合の場所は愛知県武道館。彼女の美しくも力強い演武を、その眼でぜひご覧になっていただきたい。

