スポーツテックの最前線。データ活用で、ランニングはどう変わる?
データがスポーツに大きな影響を与える時代になって久しい。感覚や経験などに頼っていたものが数値化されたことで競技が進化を遂げるのは、もちろんランニングも同様だ。今回ご紹介する〈ユーフォリア〉は、データとテクノロジーを駆使してスポーツを変えるスタートアップ企業。その思想と、現在地を聞く。
text: Kenji Inoue photo: Jun Nakagawa
『Tarzan』No.935 on sale October 8, 2026.

データ活用でスポーツだけではなく、働き方も変わろうとしている。
教えてくれた人
宮田誠(みやた・まこと)/ユーフォリア創業者/Founder。長野県出身。白馬村在住の親戚3人に冬季五輪代表がいた影響から、学生時代はスノーボード選手として過ごす。明治大学商学部卒業後は、大手商社やメーカーでさまざまな経験を積んだ後、白馬村でトレランやスノボの国際大会の主催・運営を手掛ける。2008年〈ユーフォリア〉を創業。社名は英語で「多幸感」のこと。その名の通り、「人とスポーツの出合いを幸福にする」ことを社是に掲げている。
日本でランニングが市民権を得た背景にデータの力がある。そう語るのはスポーツテック企業〈ユーフォリア〉の宮田誠さん。

「スマホやランニングウォッチなどで走行距離、ペース、心拍数といったデータが取れるようになり、練習が走力アップにどう寄与するかを“見える化”し、再現性を高めながらPDCAサイクルを自分で回せるようになったのが大きいと思います」
確かにその気になれば、データはいくらでも取れる時代になった。これから大切なのは、それをどのように活かすかだ。

ユーフォリアが手がける〈ユーフォリアスポーツラボ〉にて最大酸素摂取量などのデータを計測中。奥深きデータの世界が広がる。
「大事なのは、自らのベースライン(基準値)を知ること。データを蓄積すれば、どの強度の練習で走力が上がり、翌日疲れがどれほど残るか、疲労を抜くには何時間の睡眠が必要かといったベースラインが把握できる。すると、それを基準に体調を崩さない適切な負荷でトレーニングできるようになるのです」
ユーフォリアの看板商品である『ONE TAP SPORT』も、ベースラインを踏まえてチーム力アップが図れるのが強み。選手がタブレットなどに疲労度、睡眠状況などを入力し、スタッフがチーム全体のコンディションを共有・把握できる仕組みである。これなら練習でも本番でも一人ひとりがベストを尽くせる。
トップアスリートをデータで支援する『ONE TAP SPORTS』

2013年にローンチされたスポーツチーム向けのデータプラットフォーム『ONE TAP SPORTS(ワンタップスポーツ)』。
選手の体調や怪我、トレーニング負荷、身体データなどの一元管理を可能にする。データを活用したパフォーマンスの向上、適切なトレーニング計画による不調や怪我の予防、試合本番に向けてコンディションを最高潮へ誘うピーキングなどを強力にサポート。
開発の契機は、当時ラグビー日本代表のヘッドコーチだったエディー・ジョーンズさんから声がかかったこと。2015年のラグビーW杯に向けて、日本代表を強化するためのコンディション管理システムとして実用化が進んだ。キーワードの一つは「フィジカルの見える化」。
「ラグビーや他のスポーツでも、日本代表が世界の壁に跳ね返されるたび、“フィジカルが足りない”と批評されていた時代がありました。でも、肝心のフィジカルの詳細が曖昧でわからない。どの部分が、どのくらい、どう足りないかをデータの力で明らかにし、コンディションを常に意識しながら、質の高い練習で効率的な補強を行うツールとして作り上げました」
現在はプロ・アマを問わず、延べ80競技7500以上のチームが導入。箱根駅伝や実業団陸上に挑むチームも次々採用し、効率的なトレーニングの実現で結果を出す一助となっている。
むろんデータが生きるのは、スポーツの世界だけではない。
「我が社の使命は、ピラミッドの頂点に君臨するトップスポーツの知見を草の根レベルも含めてピラミッド全体に広げること。さらに、それを製造業や電力(インフラ)事業といったフィジカルワーカーの現場に応用すれば、怪我や欠勤が減ることも考えられる。労働環境の改善につながり、少子高齢化による人手不足という社会課題解決にも貢献できると思っています」
データを賢く使い、ランニングをより楽しむ8つのヒント。
教えてくれた人
髙山史徳(たかやま・ふみのり)/法人事業Division。筑波大学大学院博士後期課程修了。ランナーを対象とした研究論文を数多く発表するほかメディアへの寄稿なども。博士(体育科学)。マラソンの自己ベストは2時間46分で、100kmマラソンも8時間台で完走する強者。24時間走にも挑んでいる。
1.まずは基本のキ。心拍数で走力アップを可視化。
ランナーにとってもっともベーシックなデータといえば心拍数。1分間に心臓が何回拍動するかを計測したものだ。
「手首で計測する光学式モニターでも最近精度が上がり、データが正しく応用できる環境が整ってきました」と語るのはユーフォリアの研究者兼コーチの髙山史徳さん。

心拍数がまず役立つのは、練習成果の客観的な評価。
「同じペースで走っても心拍数が以前より上がらなくなった場合、ポジティブなトレーニング効果が得られた可能性が高く、心臓が一度に押し出せる血液量(1回拍出量)が増えたと解釈できます。こうした変化が、最大酸素摂取量(VO₂Max)のアップにつながるケースもあります」(ユーフォリアの研究者兼コーチの髙山史徳さん)
2.データ×感覚で解像度をアップする。
データ至上主義でもっぱら心拍数しか信じない人もいれば、心拍数はただの数字だからと感覚をより重視する人もいる。どちらが正しいのだろうか。
「データも感覚も大事。たとえば主観的にきつく感じるのに、心拍数がそこまで上がらない場合がある。これはオーバートレーニングの手前のオーバーリーチングという状態の可能性があり、そのまま練習を続けると、慢性的な疲労や長期にわたるパフォーマンスの停滞・悪化に陥る恐れがあります」
練習内容に応じて客観(データ)と主観(感覚)の照らし合わせ、答え合わせを怠らなければ、不調にもいち早く気づけるはず。上手に取り入れてほしい。
3.レース後半の失速を防ぐために必ずやりたいこと。
近年マラソン後半の失速を説明する要因として出てきたのが「デュラビリティ(耐久性)」。マラソンではレース後半に、心臓の疲労や脱水などにより、ペースを変えなくても心拍数が上昇する「心拍数ドリフト」が生じる。これを早くから起こさないことが失速を避ける秘訣。
「ことに自己ベストが4時間前後までの市民ランナーは、レースペースで走っても25kmまでは心拍数ドリフトを抑えられるようになるのが、デュラビリティを高めることにつながる」
失速を避けるためには、本番前の20km走や30km走の後半で心拍数をしっかりチェックして、心拍数が急激に上がらないペースを見つけることが求められる。
4.HRVで疲労を評価。練習の中身を柔軟に変える。
HRV(心拍変動)が測れるスマートウォッチやランニングウォッチも増えてきた。HRVとは、心拍と心拍の間隔(ミリ秒単位)に生じるわずかな揺らぎのこと。一般的に、数値が低いと過度なストレスがかかっていると考えられる。
「注目したいのは絶対値ではなくHRVの変動です。たとえば、ベースラインが50前後なのに、ポイント練習の翌日に30まで下がったら負荷が大きすぎた可能性があります。ベースラインから過度に逸脱しない範囲で練習する、あるいはHRVが下がっているときは設定を少し落とすといった調整法がパフォーマンス向上のためには有効。一人の市民ランナーでもある僕自身も実践しています」
5.失敗レースを防ぐレース中のデータ活用術。
前半はいい感じだったのに後半大失速して失敗レースに終わってしまう……。マラソンでそんな経験をした人は数知れないだろう。でも、髙山さんは15回以上フルを走り、初フルを除き大幅に失速したことがない。その秘訣もデータ活用にあった。
「最初の5kmまでで、練習のレースペース走で取った心拍数より上がりすぎていたら、自重してペースを落としている。早い段階でこうした修正が行えたら、自己ベスト更新は無理でも失敗レースに陥るのは避けられるでしょう」
6.キーワードは「乳酸」。最新ノルウェー式トレの正体。
心拍数以外のデータとして脚光を浴びるのが「乳酸」。血中の乳酸濃度を測りながらトレーニングするのだ。血中乳酸濃度2.0〜4.5mmol/L前後の追い込みすぎないゾーンで、強度を徹底的にコントロールしながら無理なく負荷を積む「ノルウェー式トレーニングモデル」が話題を集める。
「セッションを午前と午後に分けて中強度のインターバルトレーニングを行う"ダブルスレッショルド"が有名です。とくに1万mくらいまでの距離では有益な練習法だと思います」
2000mと3000mの現世界記録保持者であり、五輪、世界陸上の金メダリスト、ノルウェーの陸上中距離選手ヤコブ・インゲブリクトセン選手も実践しているという。
7.名著よりも頼れる? ビギナーこそAIを活用せよ。
より速く走れる画期的なトレーニング術を説く書籍は数多いけれど、それが万人に合うとは限らない。
「仮に、ジョグだけでサブ4は達成できるといった本があったとしても、ポテンシャルは一人ひとり違う。その意味で、AIと対話する壁打ちを繰り返した方がいい場合もあります」
本は一方通行だが、AIは双方向。目標タイムや心拍数などのデータを踏まえてAIにメニューを立ててもらい、決めつけずに、日々の状況に応じてアップデートし続ければ成長できる。
8.データを活かして自らを知れば、ランニングライフは豊かになる。
データを蓄積すると、他ならぬ自分への理解度が高まる。
レース後半にストライドが狭まる、心拍数ドリフトが早いタイミングで起こる、気温が高いと心拍数が上がりやすい……。そうした特徴を積み上げたら、何のためにやるかという目的意識がはっきりするから練習や筋トレなどにも前向きになれる。
「自らを知ることは楽しいですし、それを良い方向へ変えるための努力はもっと楽しい。それが“楽しいからやる”という内発的動機付けにつながります。僕はそれを“ランニングの豊かさの幅が広がる”と表現しています」
データを介して自らの可能性を探る努力が楽しめたら、自己ベスト更新が途絶えてもリッチなランライフが送れるだろう。
〈ユーフォリアスポーツラボ〉であなたの走りが変わる!

スポーツ現場の最前線で培った知見をベースに、科学的エビデンスを求める企業の製品開発や技術検証をサポートするために設立されたのが東京都千代田区の〈ユーフォリアスポーツラボ〉。
おもに持久系運動に対し、最大酸素摂取量や換気性閾値、デュラビリティといった生理学的な指標を精緻に測定できる。データ計測に留まらず、専門性の高い助言も提供。市民ランナーが利用できるサービスもある。利用法や料金の詳細はeu-phoria.jpまで。


