バテ知らずの疲労回復メソッド、スタンフォード式呼吸法

スポーツでも超一流のスタンフォード大学のアスリートたちが、日々実践している疲労予防&回復のコツは実は呼吸にあった!? 本記事では、腹圧をコントロールすることで疲れ対策ができる「IAP呼吸法」について紹介。

取材・文/井上健二 撮影/石原敦志 スタイリスト/ヤマウチショウゴ ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/内山弘隆 取材協力/山田知生(スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター、同大アスレチックトレーナー)

初出『Tarzan』No.831・2022年4月7日発売

IAP呼吸法

文武両道のスタンフォード生を支える呼吸法

スポーツパフォーマンスを高めるために、まず重視されるのはトレーニング。だが、アメリカでは現在、いかに疲れを抜くかに焦点が移りつつある。「パフォーマンス向上=トレーニング−リカバリー」だから、体力を高めても、疲れが抜けないと、パフォーマンスは上がらないからだ。

疲労を抜くコンディショニング・アプローチで最先端を走るのが、米・西海岸の名門スタンフォード大学。ノーベル賞受賞者を80人以上輩出する世界有数のエリート大学だが、実はスポーツでも超一流。全米4大スポーツで活躍する卒業生も多い。2021年の東京オリンピックでも、スタンフォード出身者は計10個の金メダルを獲得しているのだ。

スタンフォード大学出身者の金メダル獲得数と国別の金メダル獲得数

スタンフォード大学はスポーツでも超一流だ/2021年の東京オリンピックでの国別金メダル獲得数。スタンフォード大学出身者がゲットした金メダル数は10個で、国別の金メダル獲得数で第7位に相当する。オランダ、フランス、ドイツ、イタリアといった主要国と肩を並べており、カナダ、ブラジル、韓国よりも上を行く。

そんなスタンフォードがどうして、疲労回復に着目しているのか。

「スタンフォードにはスポーツ推薦枠がなく、難関を突破した学生だけが入学できます。学生は必ずしも超一流アスリートだけではないので、もっと上を目指すには人一倍ハードワークを積むことが求められる。

また、練習さえすれば授業が免除されるといった特別扱いもないため、疲労の予防と回復に努めないと、文武両道を実践できないのです」(スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクターで同大アスレチックトレーナーの山田知生さん)

そしてスタンフォード生の疲労リカバリーメソッドとしてフル活用されているのが、「IAP呼吸法」。IAPとは、「Intra-Abdominal Pressure」の略称。日本語では腹腔内圧=腹圧のことだ。IAP呼吸法は、息を吸うときも吐くときも、腹圧を高く保ってお腹を固めるのが特徴。いわば“腹圧呼吸法”である。

1文字しか違わない“腹式”呼吸と混同されそうだが、腹式呼吸では息を吐くときにお腹を凹ませるので、そこで一度腹圧が落ちてしまう。

「腹圧を保って呼吸をすると、腹部を取り囲む横隔膜、腹横筋、骨盤底筋群、多裂筋といったインナーマッスルが強化されます。それらがコルセットのように機能すると腹圧が常時上がり、コアが安定するのです」

IAP呼吸法と腹式呼吸の違い

IAP呼吸法と腹式呼吸の違い/腹式呼吸は息を吐く際、横隔膜が緩んで上がり、胸郭を縮め、腹圧は落ちる。IAP呼吸法は肩を下げたままで、息を吸うときも吐くときも横隔膜を収縮させて下げ、腹圧を高く保つ。

腹圧コントロールで、動きと神経活動を最適化

では、なぜコアが定まると、疲労は避けられるのだろう。

腹圧の抜けたコアは、空っぽのペットボトルのようなもの。ちょっとした力で潰れやすく、不安定極まりない。それに対して、IAP呼吸法で腹圧を高めたコアは、中身がパンパンに詰まったペットボトルのようなもの。外から力が加わっても容易には変形しにくく、ブレにくい。

腹圧とコアの関係

腹圧を高めるとコアが安定する/腹圧が抜けた体幹は、空のペットボトルのようなもの。外から力が加わると簡単に潰れる。腹圧を高め、中身の詰まったペットボトルのように体幹を固めると、疲れにくくなる。

「コアが定まれば、動きの無駄がなくなり、疲労軽減につながります。コアがブレず姿勢の歪みが減ると、体幹を貫く中枢神経と全身がスムーズに連携できるようになり、神経のコンディションが改善。そもそも疲労は、神経のコンディションが悪くなった状態ですから、コアの安定で疲労予防&回復が促されるのです」

中枢神経だけではない。IAP呼吸法は、交感神経と副交感神経からなる自律神経にも作用する。24時間休みなく働く自律神経は、疲労がいちばん溜まりやすい。呼吸も、自律神経がコントロールしている。IAP呼吸法を行うと、ストレス下では交感神経優位に傾きやすい自律神経のバランスが整って、疲労のリセットに欠かせない深い眠りが取れる。

「呼吸法の鍵を握る横隔膜には自律神経が集まり、呼吸をゆったり続けると副交感神経が優位になります。そして眠る前に照明やスマホなどの光を避けると、眠りへ導くメラトニンの分泌が高まる。また、息を長く吐く呼吸を意識すると、日中上がりっぱなしだったストレスホルモンのコルチゾールの分泌が減り、良質の睡眠が取れて疲労回復が進みます」

IAP呼吸法の5大メリット
  • 腹圧が高まり、体幹と脊柱が安定して強いコアができる。
  • 正しい姿勢が取れるようになり、無駄な動きがなくなり、疲れにくくなる。
  • 中枢神経が整い、末端まで正確に指令が届き、カラダの負担が減る。
  • 交感神経が優位になりやすい自律神経が整って疲労が軽減される。
  • ホルモンバランスが整い、深い眠りが取れるようになり、疲労回復に役立つ。

IAP呼吸法のやり方

準備:椅子に坐り、脇腹に手を置く

 

IAP呼吸法のやり方 1

椅子に深く坐り、背すじを伸ばして胸を張る。両耳と両肩のラインを床と平行に保ち、リラックスする。膝を90度曲げ、腰幅で開く。肋骨の下の脇腹に両手を置く。

息を吸う:息を吸ってお腹を膨らませる
IAP呼吸法のやり方 2

5秒(5カウント)で鼻から息を目一杯吸い込み、脇腹に添えた手を押し返すように、横隔膜を下げてお腹を膨らませ、腹圧を上げる。肩を下げるように意識すると横隔膜が下がりやすくなる。

息を吐く:お腹を膨らませたまま息を吐く
IAP呼吸法のやり方  3

お腹を膨らませて手を押し返す感覚を保ったまま、5〜7秒(5〜7カウント)かけて口からゆっくり息を吐く。肩を下げたままで、横隔膜もできるだけ下げておく。息を吐き切ったら、一度力を緩め、「息を吸う」に戻る。これを5セットほど繰り返す。

IAP呼吸法を上手に行う最大のポイントは、横隔膜を下げること。

「腹圧を高める横隔膜、腹横筋、骨盤底筋群、多裂筋という4つの筋肉からなるカルテットのリーダーは、横隔膜。横隔膜の動きを意識すると、IAP呼吸法がやりやすくなる。そのためには肩を上げず、息を吸うときも吐くときもお腹を膨らませてください(上のイラストを参照)」

コアを鍛えて腹圧を保つには、お腹を凹ませるドローインなどの体幹トレが有効とされてきた。そのドローインより、IAP呼吸法が優れる点を山田さんは次のように解説する。

「お腹を凹ませると、筋肉は外から内へ収縮します。それでも、じっと動かない静的な安定性の向上には十分ですが、空のペットボトルのように中身は空っぽのまま。アスリートに限らず、疲れを減らすために欲しいのは、動くときもカラダを安定させる動的安定性。そのためにはお腹を膨らませて内から外へ圧力を発生させ、それに抵抗するように外から内へも力を出し、中身の詰まったペットボトルを目指すべきなのです」

IAP呼吸法は、5秒で吸い、5〜7秒で吐くリズムで、5セットほど行うのが基本。1セッション1分前後で終わるから、デスクワークの合間や電車での移動中などに試そう。

横隔膜を下げたまま、お腹を膨らませる感覚が摑めるまで、毎日最低1セッションは行うこと。眠る前に2セッション(2分)程度やると、前述のように自律神経とホルモンのバランスが整うようになり、健やかな眠りで疲れない体質に近づける。

INFORMATION

『疲れない・バテない・壊さない スタンフォード式 脳と体の強化書』(大和書房)

スタンフォード式 脳と体の強化書

『スタンフォード式 疲れない体』(サンマーク出版)に次ぐ山田先生の最新著書。超回復と覚醒力をもたらす方法を一冊に凝縮した。