古参から新発見のものまで。ホルモンの機能を総ざらい

日進月歩のホルモン研究。インスリンやエストロゲンなどその名がよく知られたものだけではなく、近年の研究でわかってきた臓器や骨から分泌されるホルモンまで、各ホルモン分泌器官を国に喩えて、あっと驚く各機能を総ざらい!

取材・文/石飛カノ 撮影/内田紘倫 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/野村憲司(トキア企画)、イマイヤスフミ 監修・取材協力/市原淳弘(東京女子医科大学内科学講座教授・基幹分野長)

初出『Tarzan』No.836・2022年6月23日発売

ホルモンを分泌する臓器・組織のマップ

ホルモンの研究が絶賛進化中の今、これまで知られていなかった効果効能や作用機序などが続々と明らかになってきている。どの臓器、どの組織からホルモンが分泌されていても、もはや不思議ではない。

ホルモンの世界はいわば群雄割拠の戦国時代。そこで、ひとまず今現在分かっている主なホルモン分泌器官を国に喩えて整理してみることにしよう。従来の内分泌学で知られてきた“先進国”に対し、近年の研究で明らかになった“新興国”。各国が擁する主なプレイヤー(ホルモン)とその作用をご覧あれ。

群雄割拠、まさに全身はホルモンの世界地図なのだ。

病気治療とともに発展を遂げた“先進国”

ホルモン先進国は内分泌学が長らく扱ってきた内分泌腺。ホルモンをせっせと作って分泌する専門器官だ。

発見されたきっかけは、これらの国々のホルモンの不足や過剰によって起こる病気。つまり先進国はホルモンが原因となる病気の治療とともに発展した国々ということ。それだけに健康維持に深く関わっているとも言える。

では、それぞれの国を代表する主要なプレイヤー(ホルモン)をピックアップしてご紹介しよう。

膵臓国

瞬きもせず血糖値を見張る先進国のザ・ガードマン

膵臓 インスリン イラスト

膵臓国の首都はランゲルハンス島。メインキャラクターはインスリンで彼の仕事は血糖値の見張り番。血糖値が上昇するとランゲルハンス島のβ細胞からインスリンがただちに分泌され、血液中のブドウ糖を細胞に送り込んでエネルギーに変えたり、グリコーゲンや脂肪に変換してカラダに蓄える。

このようにあの手この手で血糖値を下げることが使命。でも生真面目なガードマンゆえに、働きすぎで倒れたり、血糖値を懸命に下げようとしても標的臓器が反応しないことが。それは「インスリン抵抗性」というレジスタンスの仕業だ。

脳下垂体国

迅速かつ確実な能吏の国。成長を牽引し、国民を見守るプレイングマネージャー

脳下垂体 成長ホルモン オキシトシン イラスト

脳下垂体国はの命令を先進国全体に伝えるプレイングマネージャー。壇上で堂々と演説するのは骨や筋肉の成長を促したり代謝や脂肪分解を促進する、イケイケドンドンのマッチョリーダー・成長ホルモン。

その隣で優しく国民を見守るのは愛情と幸福の伝道師・オキシトシン。このオキシトシンが壇上に上がるのは、女性の出産時と赤ちゃんがおっぱいを吸うとき。オキシトシン作用でこの子を無事に育てようという愛おしい気持ちが倍増。他人とスキンシップをするときにもオキシトシンの登場で絆が生まれる。

松果腺国

起床から就寝までを管理。時間に厳格なバトラー

松果腺 メラトニン イラスト

松果腺国は脳のほぼ中央に位置する小さな内分泌腺。松果体ともいう。主役は睡眠に深く関わるメラトニン。朝起きて光の刺激が網膜から松果体に達するとメラトニンは分泌を止め、その14〜16時間後に松果腺で分泌されるようプログラムされる。

プログラム通りにメラトニンが分泌されると深部体温がぐんと下がり、人は自然な眠りに誘われる。役どころは体内時計と深く関わる、時間に厳格な頼れる執事。ただ、夜遅くまでむやみに光を浴び続けるとストライキを起こし、安眠に誘ってくれなくなる。

視床下部国

4人組派閥を中心とした先進国を束ねる司令塔

視床下部 CRH TRH GHRH GnRH イラスト

CRHは副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、GHRHは成長ホルモン放出ホルモン、TRHは甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンでGnRHは性腺刺激ホルモン放出ホルモン。すべて脳下垂体に働きかけて最終標的に作用するホルモンを出すよう、命令を下すホルモンだ。

視床下部国はいってみれば先進国全体を操るVIPが集う天空の城。「あれやっといて」「これやっといて」と実働部隊の脳下垂体国に指令を下す一方、国民全体の声を吸い上げて国の方針を再検討する。社長体質ではあるものの、やることはちゃんとやっている。

副腎皮質/副腎髄質国

ときに耐え、ときに怒る激情型ウォーリアーズ

副腎 コルチゾール アドレナリン イラスト

副腎皮質と副腎髄質は腎臓の上にちょこんと乗っかった小国で、外側の皮質と内側にある髄質の共和国。皮質の主役キャラはコルチゾール。ストレスを感じるとただちに出動し、相手と闘ったり危険な場所から逃げるために血糖値を上昇させる不撓不屈の格闘家だ。

一方、髄質の主役はアドレナリン。危険に曝されたとき血圧や血糖値を上昇させ、瞳孔を開かせる。つまり完全な興奮状態を促す怒れる戦士。彼らのおかげでストレス環境下でも生きていけるのだが、過剰なストレスで副腎が疲労すると、その助けが借りられなくなる。

精巣国

第二次性徴をもたらす元気いっぱいな王子

精巣 テストステロン イラスト

思春期に筋肉を発達させ骨格をがっちりさせ変声期をもたらしヒゲを生やす、この男性の第二次性徴をもたらすのが精巣国の大きな仕事。満場一致で主役を張るのは男性ホルモンの代表格・テストステロン王子だ。

カラダづくりだけでなく、大胆な振る舞い、決断力、好奇心、冒険心など、メンタリティにも影響を与えているのも、このテストステロンだ。加齢やストレスによってその分泌量が減っていくと、筋肉量も気力も低下。運動と良質の睡眠で王子の元気をキープせよ。

卵巣国

美と健康と産出を率いるパワフルなプリンセス

卵巣 エストロゲン イラスト

卵巣国のヒロインはバストとヒップを豊かにし、カーヴィーなボディラインや美肌に磨きをかけるエストロゲン姫。見た目だけではなく、妊娠・出産に向けて子宮の発育や月経周期を調節するという生殖の準備にも抜かりはなし。

カラダの健康を保つ意識も高く、動脈硬化や骨粗鬆症から身を守ることも忘れない。ただ、残念ながら加齢とともにエストロゲン姫のパワーは減少。閉経とともに激減。特に、閉経後はこれまで知らずに守られてきた血管や骨のトラブルが増す可能性大。

甲状腺/副甲状腺国

先進国のエンジンで働く寡黙なボイラーマン

甲状腺 イラスト サイロキシン

甲状腺とその裏側にある副甲状腺もまた共和国。甲状腺は主に代謝機能を正常に保ち、副甲状腺はカルシウム代謝を調節する。甲状腺のリーダーは熱量を先進国に提供するボイラーマンのサイロキシン。肝臓などでトリヨードサイロニンという物質に変化し、代謝を促す甲状腺ホルモンの作用を発揮。

で、これら甲状腺ホルモンは病気との関わりが最も深いホルモンのひとつ。不足すると眠気や抑うつ症状が見られたり、多すぎると動悸や息切れ、多汗などが生じる。過不足なくきっちり代謝を調整するのがボイラーマンの大事な仕事だ。

続々と発見されるホルモンの鉱脈“新興国”

脂肪細胞から食欲調節ホルモンが分泌されている! この大発見があったのが1994年。それまでエネルギーの容器としか認識されていなかった脂肪がホルモン分泌器官だったという一大パラダイムシフトである。

その後、消化器や筋肉がホルモンを分泌することが解明され、新興国はこの先もっと増えると予想されている。先進国ホルモンのように病気には直結しない。でも確かに健康を支えている新興国のホルモンとは?

胃国

ごちそうパラダイスのおすすめ上手な給仕長

胃 ホルモン グレリン イラスト

胃国の本業はそもそも食物を攪拌して消化吸収しやすい状態に整える仕事。ところがグレリンという、やたらと食欲をそそるのが得意な給仕長が存在していた。彼が発見されたのは1999年のこと。

空腹になると胃から血液中にグレリンが分泌され、脳の視床下部に働きかけて食欲が増進される。同時に下垂体にも作用して成長ホルモンの分泌を促すことも分かっている。今後さらに研究が進み、食欲コントロールを可能にする薬の開発が実現すれば、過食による肥満、拒食による栄養失調を防げる日が来るかも?

骨国

建築ならお任せの技術立国。リーダーは骨太の棟梁

骨 ホルモン オステオカルシン イラスト

骨国といえばカラダを支えたり、カルシウムの貯蔵庫というのがレーゾンデートル。ところが、これまた近年の研究でオステオカルシンというホルモンを分泌していることが分かり、新興国の仲間入り。

オステオカルシンは骨を作る骨芽細胞から分泌されるホルモンで、その働きは驚くほど幅広い。脳に働きかけて認知機能を活性化、膵臓に働きかけてインスリンを増やし血糖値の上昇を抑制、筋肉に働きかけて骨格筋の合成を促進、といった万能ぶりを発揮する。

骨への縦方向の刺激を糧に、丈夫なカラダを作ってくれる名棟梁なのだ。

心臓国

24時間闘いつつ血圧管理。敏腕モーレツサラリーマン

心臓 ホルモン イラスト ANP

一日24時間休むことなく働き続ける心臓という臓器。リズミカルなポンプの動きで血液を全身に巡らせるだけでも過重労働の感ありだが、さらに血圧や体液の調節をするホルモンまで分泌しているという。

その名はANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)。

一般にはあまり知られていないが、発見されたのは1984年でこれが「ホルモンといえば内分泌腺」という常識を覆すブレイクスルーとなった。体液が溜まり心臓が引っ張られるとANPが分泌され、腎臓に作用し塩分を排出し、血圧や体液を元に戻すというスゴ技を行う。

肝臓国

巨大化学工場を仕切る生え抜き工場長と班長

肝臓 ホルモン IGF-1 アンジオテンシノーケン イラスト

肝臓は数百の化学反応を一手に引き受けている巨大工業国。主役の一人はIGF-1というホルモンで、日本名をインスリン様成長因子1、またの名をソマトメジンCという。成長ホルモンの刺激によって他の臓器でも作られるが、主な製造場所は肝臓。

その名の通りインスリンによく似た構造を持つ物質で細胞の増殖や成長促進作用を持つ、モノ作りに徹する工場長だ。その配下で働く班長はアンジオテンシノーゲンというホルモン。こちらは腎臓国のレニンによってアンジオテンシンという物質に変換されて血管を収縮させ血圧の上昇を促す。

腸国

回転寿司に陣取るコンビがインスリンの分泌を促す

腸 ホルモン GLP-1 GIP イラスト

栄養素を吸収する小腸からも消化管ホルモンが分泌されている。腸国を代表するのはGIPとGLP-1。前者は小腸の上部、後者は小腸下部の細胞から分泌され、食事を始めて15分程度で血中に放出されて膵臓に働きかけ、インスリンの分泌を促す。

この作用によって食後高血糖を防ぐことができると考えられている。腸国はいわば食物が移動する回転寿司レーンのようなもの。レーンの上流にいるGIPと下流にいるGLP-1のユニット名をインクレチンという。ちなみにGLP-1には胃から腸への食物の移動を遅らせて食欲を抑える作用もある。

筋肉国

マルチに働くトレーニー。こなせない種目はない

筋肉 ホルモン マイオカイン イラスト

運動によって筋肉を刺激するとさまざまなホルモンが分泌され、健康増進に一役買ってくれる。これらのホルモンの総称をマイオカインという。あるものは糖や脂質代謝を促し、あるものは脂肪肝を改善し、あるものは大腸がんを予防、またあるものは認知症予防に貢献する。

筋肉国は本気モードのトレーニーが集うジムで、そこで作用を発揮するマイオカインはマルチプレイヤー。これまでに報告されているマイオカインの数は数十種類。ひょっとするとさらに新たなトレーニーが登場する可能性もありそうだ。

脂肪国

新興国の給食当番。でも、肥満児のおかわりは却下

脂肪 ホルモン イラスト レプチン

内分泌学会と肥満学会を同時に驚愕させた脂肪細胞由来のレプチン。脂肪細胞から分泌され、脳内の摂食中枢にある受容体にくっついて食欲を抑えるという働きを持っている。体脂肪の量が増えるほどにレプチンの分泌量も増える。最近ちょっと太ってきた生徒にはおかわりを与えない給食当番のようなもの。

よって、素直にレプチンに従っていれば適正体重が維持できる。ただし、レプチンの効きが悪くなる「レプチン抵抗性」が起こると食欲は天井知らずに。この状態を改善する新たな薬の開発が期待されている。

腎臓国

国民みんながサウナ好き。仲間とともに血圧を上げる

腎臓 ホルモン レニン イラスト

腎臓国はサウナー天国。主役のホルモンはレニン。腎臓で作られるホルモンで、肝臓から分泌されたアンジオテンシノーゲンに働きかけてアンジオテンシンというホルモンを作る。このホルモンが最終的に血管を収縮させ血圧を上昇させるのだ。

レニンとアンジオテンシノーゲンはともにロウリュウを浴びながら血圧を押し上げる。脱水状態や出血時に血圧を維持できるのは、彼らサウナーのおかげ。さらにアンジオテンシンは副腎皮質からアルドステロンというホルモンを産生・分泌させ、体内の水分を保持して血圧上昇のダメ押しをする。