① 老化細胞
老化した脂肪細胞が、病気や不調の原因に
子どもの頃は肥満児で10代20代では標準体型になったけれど、40代を迎えた今、再び肥えつつあるという人。三つ子の魂なんとやら、と言っている場合ではない。子どもの頃蓄えていた体脂肪と今増えつつある体脂肪では、そもそもの性質が異なる可能性が高いからだ。
最初のキーワードは近年注目されている「老化細胞」。ほとんどの細胞は古くなると分裂して新たな細胞に置き換わる。この分裂再生をしなくなった細胞が老化細胞だ。代謝・内分泌学の専門家、琉球大学教授の益崎裕章先生は次のように言う。
「老化細胞は全身のあらゆる細胞にあり、40代くらいから増えてきます。もちろん脂肪細胞にも存在しています。若いときは食事をして余ったエネルギーを中性脂肪として溜め、飢餓に備えるのが脂肪細胞の主な役割。
ところが40歳くらいからは老化細胞としての脂肪細胞が増えてきて、中性脂肪を蓄える力が低下する一方で炎症性の物質を撒き散らすことが分かっています」
細胞分裂をしなくなった老化細胞は本来の機能を果たせなくなる。そればかりではなく、さまざまな炎症性物質を分泌して周りの細胞も老化に巻き込み、組織や臓器の機能低下を促すというのだ。
「老化細胞は病気や不調のリスクも高めます。老化細胞が分泌する炎症性物質によってインスリン抵抗性が高まり血糖値が上がりやすくなったり、がんを含むさまざまな加齢性疾患が誘導されると考えられています」
これはもはや仕事もせずに居座り、害を撒き散らす“老害”さん。昔肥満児であろうとなかろうと40代以降のお腹に溜まりつつあるのは、そんな厄介なヤツなのだ。
② 内臓脂肪
着痩せするけどビール腹、は不健康な肥満の代表格
そのぽっこり腹を触ってみよう。指でむにゅっとつまめるのは腹筋の上にある皮下脂肪。パツパツでつまめないのは腹筋の下に存在する内臓脂肪だ。どっちがヤバい脂肪かといえば、ご存じの通り後者の内臓脂肪。では一体、どういう理由でヤバいのか?
「内臓脂肪組織では肥大化した脂肪細胞を免疫細胞が異物と見なして攻撃します。その結果炎症が起こり、炎症が慢性化すると、インスリン抵抗性を招くTNF-α、血栓を引き起こすPAI-1といった物質が脂肪細胞から分泌されます。
ここからはドミノ倒しで、インスリンが効かなくなるのでさらに膵臓がインスリンを分泌し、ますます肥満に陥るという負の連鎖が起こります」
行き着く先は生活習慣病。こうした反応が起こるのは、ひとえに内臓脂肪の在り処に原因がある。内臓脂肪が主に蓄積されるのは、小腸や大腸を包んで腹部に固定する腸間膜。そもそも腸は免疫細胞が数多く存在する、いわば免疫の最前線。
皮下脂肪組織のほとんどが脂肪細胞なのに対して、内臓脂肪組織には免疫細胞が脂肪細胞より多く存在しているという。よってデカくなりすぎた内臓脂肪は免疫細胞に敵と見なされ、メッタ打ちされるのだ。
では、一方の皮下脂肪はいくら溜めても健康面で問題ないのか?いや、そうとも言えない。
「現役の力士や妊婦さんは皮下脂肪が増えてもほとんど健康障害がない健康的な肥満と言えます。でもそれ以外の場合、皮下脂肪型肥満だから安心とは言えません。不活動な状態で皮下脂肪が蓄積すると、そこに老化細胞が発現しないとは限らないからです」
内臓でも皮下でも、主張を始めた脂肪には要注意だ。
③ 異所性脂肪
細胞ではなく脂質そのものが臓器や組織に溜まる
長きにわたる飢餓との闘いに打ち勝つため、ヒトはエネルギーを脂肪として備蓄するシステムを獲得した。で、無事生き残ってめでたしめでたし。
でも一転、いくら食べてもオッケーです!という今の時代、そのシステムが完全に裏目に出ていると言ってもいい。その象徴が異所性脂肪という第3の脂肪。
異所性脂肪は心臓や肝臓、腎臓や筋肉などに蓄積される脂肪のこと。内臓脂肪は適量ならば、即時的エネルギーとなったり中性脂肪を下げる物質を分泌するなどの役割がある。だが、異所性脂肪は本来脂肪があってはならない場所に溜まるため、百害あって一利なし。
「さらに、皮下脂肪や内臓脂肪は細胞膜に包まれた脂肪細胞ですが、異所性脂肪の多くは細胞ではなく“脂質”です。揚げた翌日のフライが酸化変性するように、カラダにこびりついた脂質も変性して劣化します。それが免疫細胞に異物として認識され、攻撃対象になるのです」
劣化した脂質めがけ、異物を排除するためのミサイルが免疫細胞から発射され、辺り一面焼け野原。その結果、心臓の収縮力が低下したり、肝臓や筋肉の糖の取り込みが悪くなったり、腎臓の機能低下が起こるという。
「患者さんを診ていると、最初に筋肉に脂肪が溜まる人、肝臓に溜まる人、内臓脂肪が溜まる人、とある程度分類できます。必ずしも先に内臓脂肪が溜まって、その次に異所性脂肪が溜まるという優先順位はないと考えられます。
どちらにしろ一番怖いのは、本人が知らないうちにカラダの中で炎症が起こっているということです」
一般の人間ドックでは診断できない異所性脂肪という名のサイレントキラー。あなたも狙われているかも。
④ 皮下脂肪機能不全
日本人は皮下脂肪を溜める能力が低い
たいして太っていないのにインスリンの効きが悪い。その理由の多くは、内臓脂肪から悪玉の生理活性物質が出ていたり、筋肉や肝臓に溜まった異所性脂肪のせいで糖の取り込みが悪くなっていること。
その結果、日本人を含むアジア人はあっけなく糖尿病に倒れてしまう。それもこれも、そもそも皮下脂肪を溜める能力が低いから。
「遡ると狩猟民族と農耕民族の起源に辿り着きます。狩猟民族の欧米人は獲物を倒したときにたくさん食べてエネルギーを皮下脂肪に蓄える方が、生存戦略的に有利でした。一方、農耕民族のアジア人は地道に穀物を育て、継続的に細々とエネルギーを得てきました。このため皮下脂肪を溜め込む能力が低いと考えられます」
アジア人は欧米人に比べ、皮下脂肪の脂肪細胞の数が少なめで細胞が膨らむサイズも小さいといわれている。
グローバルに栄養状態がぐっと引き上げられた現代、農耕民族が狩猟民族と同じ食事をすれば、余ったエネルギーは皮下脂肪ではなく内臓脂肪や異所性脂肪として蓄えられてしまうのだ。このこと、肝に銘じておこう。
⑤ サルコペニア肥満
筋肉が減る一方で脂肪が増える
メタボ健診の受診者の4人に1人がメタボと診断される時代。このうち、高齢者ではサルコペニア(骨格筋減少症)と内臓脂肪型肥満を併発する「サルコペニア肥満」が多く見られるという。活動量の低下で筋肉が減る一方、食習慣やホルモンバランスの変化などで内臓脂肪がどんどん増えるという状態。
「サルコペニア肥満に厳密な診断基準はなく、歩くスピードが遅くなる、太っているけれど脚が細いといった漠然としたコンセプトです。
ただ、厄介なのは負の連鎖を起こすこと。インスリンは筋肉の合成を促しますが、肥満でインスリンが効きにくくなると筋肉が減り、筋肉が糖を取り込めなくなって糖尿病が引き起こされます。
サルコペニア肥満の人はサルコペニアのみという人より血管系の病気のリスクが約5倍上がるといわれています」
お年寄りの話でしょ?と思うなかれ。かつては高齢者に見られたサルコペニア肥満、現在では40〜50代の年齢層にも増えてきているという。お腹ぽっこりだけど脚はやけにほっそりという人、もしかすると我が事かも。
⑥ 肥満パラドックス
痩せているより小太りの方が健康?
日本人の肥満基準の目安のひとつがBMI。これは体重をメートル単位の身長の2乗で割った数値のことで、日本肥満学会ではBMI25以上を肥満と分類している。たとえば身長170cmで体重70kgの人はBMIは24強だからセーフ。でも、残念ながら手放しでは喜べない。
生活習慣が原因となる2型糖尿病患者に限定すると、生命予後が最も良好なのはBMI25〜29.9のグループで、それより太っているBMI30以上と18.5未満の痩せ型では悪化するという報告がある。小太りの方が健康?
これが世に言う「肥満パラドックス」だ。
「軽度肥満者は周囲の勧めから病院の診療を受ける機会が多く、医師の指示で規則的な運動習慣を持っている人もいます。この運動しているということが前提条件。痩せていて生命予後が悪いのは、自覚せず内臓脂肪や異所性脂肪が溜まっていて運動不足だからと考えられます」
今後はBMIだけで判断するのではなく、体脂肪の分布や骨格筋量といった全身レベルの肥満の質に目を向けることが重要と言えそうだ。
⑦ 身体活動
日常生活活動をアクティブにする
健康維持のために週に150分間以上の中強度運動をしましょう、というのがWHOのガイドライン。とはいえ、よし運動するぞ!という気になる人はかなり稀。
「週150分を日割りにすると1日25分ですが、毎日それだけ運動している人はほとんどいません。運動習慣をどうデータ化していくかはまだ発展途上の段階です。そこで40〜50代におすすめなのは、運動ではなく誰もができる身体活動を増やすこと。医療の世界でもフィットネスではなく身体活動を重視しようという流れになっています。
私自身が実践しているのはオフィスでのスタンディングデスク。14時間くらい仕事も食事も立ったままで過ごし、歩くときもできるだけ速足で歩いています」
先に解説したサルコペニア肥満、どうやら女性より男性の方が多い傾向にあるという。考えてみれば女性の方が家事や買い物といった身体活動が日常化しているが、男性の場合は動かない人はまったく動かない。最近、いつもの時間に家を出て電車を1本逃してしまう人、身体活動を増やし、サルコペニア肥満を回避しよう。
⑧ ストレス
慢性的なストレスが過食を招く
内臓脂肪は適正量であれば、カラダにいい影響を与えるホルモンを分泌してくれる。そのひとつが食欲を抑制するレプチン。健康な状態ではレプチンが分泌され、脳の摂食中枢に働きかけて食欲を抑える。
脂肪の量が増えるとレプチンの量も増えるので、食欲が落ちて体重が一定にコントロールされる仕組みだ。
ところがこのレプチン、気分や感情にも関わりがあるという。慢性的にストレスを与えられたうつ状態のラットは血中のレプチン濃度が低下し、ヒトでもうつ病患者では低レプチン血症が見られるという報告がある。
「高度肥満の患者さんの中には、しばしばうつや心的症状が見られます。食欲とメンタルは表裏一体。レプチンの分泌や作用にも影響が及んで、食欲が暴走する可能性はあります。睡眠時間が短い人は同じ食生活をしていてもレプチンの分泌量が減り、逆に食欲を増すグレリンというホルモンが増すことが知られています」
ストレスを制する者は体脂肪も制す。
⑨ 超加工食品
天然か天然でないか、それが問題だ
天然には存在しない添加物が入っていて常温で長持ちする食品のことをウルトラプロセスフード=超加工食品と呼ぶ。
スナック菓子やレトルト食品、インスタント食品などがその代表例だ。近年ではスーパーやコンビニに溢れているこれらの食品を常食することが、肥満の原因のひとつになるといわれている。
「超加工食品には人体にとって未経験の物質が含まれています。口から入ってきたそれらの栄養組成を脳が分析できないのではと私は考えています。
カロリーが表示されていても、それを上回るインパクトでどんどん太っていく可能性があるのです」
たとえば同じ200キロカロリーでも、おにぎりひとつを食べるのと、ポテチ2分の1袋を食べるインパクトは異なる。ポテチの方は表示されたカロリー以上の余剰エネルギーが生じたり、内臓脂肪に変換されて炎症を引き起こす可能性があるという。
基礎代謝の高い20代なら余分なエネルギーを消費できるかもしれないが、40代以降では話は別。超加工食品の摂取はたまの機会としたい。