診断結果の読み方が明暗を分ける。心臓のために取り入れるべき生活習慣6選。
心臓は自ら不調のサインを出してくれるうえに、きちんといたわればちゃんと応えてくれる。大事なことは現状を認識し、行動変容をすることだ。今回は心臓をケアするために取り入れやすい運動やストレッチ習慣、健康診断でチェックすべきポイントについて紹介する。
取材・文/井上健二 撮影/園山友基 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/天野誠吾 取材協力・監修/大島一太(大島医院院長、東京医科大学八王子医療センター循環器内科兼任講師) 、野田泰永(サクラクリニック理事長)、別府浩毅(べっぷ内科クリニック理事長)、撮影協力/UTUWA
初出『Tarzan』No.886・2024年8月22日発売
目次
歩くのは1日8000歩でいい。
長時間のハードな運動は、血液の需要が急に高まるため、心臓のノルマを増やしてしまう。かといって運動不足だと太りやすく、それも心臓のスタミナを奪う。
日常的に気軽に取り組めて、心臓にジェントルな強度で行えるのは、やはりウォーキング。酸素を介して無駄な体脂肪を燃やし、減量に効く有酸素運動の代表格である。
よく1日1万歩がベストだと聞くけれど、多くの研究によると1日8000歩以上で心臓病による死亡リスクが下がると判明している。
日本の成人男子の1日平均歩数は6793歩、成人女性は5832歩。1日10〜15分ほど歩く時間を増やすと、8000歩がクリアできる。
長く歩くほどいいと期待してしまうが、それは逆効果になることも。
「長く歩きすぎると、体脂肪だけではなく筋肉のタンパク質も消耗し、筋肉が減る。筋肉が減ると血糖値が上がりやすくなるなど、心臓の負担増につながることも考えられます」(心臓専門医の野田泰永医師)
8000歩以上歩ける時間的な余裕があるなら、加齢などで筋肉が減らないように筋トレに励むのが正解。自体重を使った軽め・短めなもので十分だし、それなら心臓にも優しい。
8000歩歩けば死亡率は下げられる。
アメリカの成人3101人を対象に10年間追跡調査した研究。1週間のうち1〜2日8000歩以上歩くだけでも、全死亡リスクが大幅に低下していた。
出典/Inoue K, Tsugawa Y, Mayeda ER et al. JAMA Netw Open. 2023; 6(3): e235174
有酸素運動は心拍数よりも感覚を重視する。
太ってお腹が出るほど内臓脂肪が溜まりすぎると、血圧を上げたり、血糖値を下げるインスリンの効き目を悪くしたりする悪玉ホルモンが分泌されるようになり、心臓にはアウェーな体内環境になる。
太っているなら、日々8000歩以上歩く以外にも、ジョギングなどの有酸素運動で体脂肪を燃やそう。筋肉が減らないように筋トレと組み合わせて、1回20〜30分前後、週2〜3回ペースでやってみたい。
有酸素では内臓脂肪が優先して燃えるし、太めの人は体重が減るほど心臓の負荷は軽くなる。加えて血液循環が良くなり、血管の内側を覆う内皮細胞から一酸化窒素(NO)が分泌される。NOは血管を広げて、血圧を下げる。こうした効果を望むなら、ただ歩くより、ちょっぴり強度が高いジョギングの方がいい。
その際は「楽」か「きつい」かといった自分の感覚をモニタリング。
「これは“自覚的運動強度”と呼ばれる方法。“楽”から“ややきつい”と感じる強さで有酸素を行うのがベストです。“きつい”と感じると乳酸が溜まり、血圧と心拍数が上がり心臓のストレスになる。“ややきつい”以下のペースで有酸素を楽しんでください」(心臓専門医・心臓病上級臨床医の大島一太医師)
ボルグスケールで有酸素運動を行う。
スウェーデンの心理学者ボルグ博士が1960年代に提唱したもの。自覚的にどう感じるかを目安に運動強度を設定する。スケールの数値を10倍すると、そのときの心拍数の近似値が求められるというもの。
ストレッチ習慣を身につける。
肩こりや腰痛を軽減するためにストレッチを習慣にしている人は少なくないはず。
それは筋肉の凝りや痛みだけではなく、ひょっとしたら心臓にも良いことかもしれない。
「40歳以降になると、カラダの硬さと血管の硬さは比例するという興味深い報告があります」(大島医師)
体幹の硬さと血管の硬さの関係
日本人の男女526人を対象とした研究。体幹の柔軟性を長坐体前屈、血管の柔軟性を脈波伝播速度(速いほど硬い)でそれぞれ評価した。若年者では相関はなかったが、60〜83歳の高齢者(132人)では体幹が硬い人ほど血管も硬かった。
出典/Yamamoto K et al. Heart and Circulatory Physiology; 297:1314-1318, 2009
日本の国立健康・栄養研究所などの研究グループは、中高年以降ではカラダが硬い人は、脈波伝播速度(PWV)で評価する動脈硬化が進行していると報告している。動脈が硬い人ほどPWVは速いのだ。
なぜカラダが硬いと血管も硬くなるのか。不明な点も多いが、次のような関連が考えられる。
カラダ=筋肉がガチガチに硬いと近くを走る血管はしなやかに動けなくなる。それで血管は硬くなる。また適度な運動は血管を柔らかくしてくれるが、筋肉が硬くて動きにくいと運動から遠ざかるため、それも血管を硬くする誘因となりそう。
息を深く吐きながらストレッチで筋肉を緩めると、自律神経のなかでも副交感神経が優位になりやすい。すると血管が開いて血圧も下がりやすくなり、心臓にとってプラス。お風呂上がりなどに、太い血管が通る体幹を中心にストレッチしよう。
選択理論でストレスと上手に付き合う。
ストレスは万病の元。心臓にも当然良くない。
ストレス下で緊張すると、自律神経のうちで交感神経が優位となり、血管を縮めて血圧を上げる。そのうえストレスは酸化や炎症を起こし、動脈硬化を加速させる。
生きている限り、ストレスはゼロにできない。かといってストレスを過食や飲酒で安易に解消しようとするのは愚の骨頂。塩分の過剰摂取やアルコールの悪影響で血圧が上がり、心臓へのダブルパンチとなる。
心臓のためにも、ストレスにはうまく対処したいもの。そこで参考になるのが、アメリカの心理学者ウィリアム・グラッサー博士が提唱した「選択理論」。
大半のストレスは家庭や職場などでの人間関係によるものだが、変えられるのは自分の行動(選択)のみ。他者の選択は変えられないし、変えようとしても軋轢を招くだけ。
「何かトラブルが生じたら、相手を変えようとせずまずは受け入れ、互いの価値観の違いを踏まえて話し合うというのが選択理論の柱です。僕自身、ストレスを完璧にコントロールできているわけではありませんが、選択理論に従って行動するようになり、ストレスが減らせたという実感があります」(心臓病専門医の別府浩毅医師)
健康診断は横ではなく縦に読む。
パンデミックを起こしつつある心不全は、コロナのような感染症と違い、悪しきライフスタイルによる。
30歳を超えると、日常生活の大半はパターン化している。そのままだと心不全まっしぐらのポンコツな習慣から、100年使える心臓が養えるスマートな習慣にシフトするにはどうすればいいのか。
「そのきっかけとなる便利なツールは、みなさんが毎年受ける健康診断です。ただその結果は“横に見る”のではなく、“縦に見る”ことが大事です」(大島医師)
健康診断の結果報告書には、体重、血圧、血糖値、悪玉コレステロールといった項目がいくつも並んでいる。それぞれを単体で眺めるのが「横に見る」ということ。
「横に見てちょっと悪いB判定やC判定がポツポツあっても、“様子を見よう”と甘く考えがち。しかし、軽い異常でも、それがいくつも重なると足し算ではなく、掛け算で心不全のリスクが格段に高まる。だから縦断的に“縦に見る”べきです」(大島医師)
動脈硬化を招くメタボでは肥満、高血圧、高血糖、高脂質が3つ以上重なると、健常人より心臓病の危険度が最大36倍になるとか。これらの項目に気をつけながら縦に見て、正しく恐れて悪しき習慣を断とう。
「BNP」で“隠れ心不全”を見抜く。
残りの人生を楽しむために、心臓にはあと20億回くらいは順調に動いてほしいもの。それを邪魔するのが、心機能が低下する心不全だ。
日本では知らない間に静かに進行する“隠れ心不全”が流行中。健康診断では早期発見は難しいが、血液検査で隠れ心不全の有無を判断できるマーカーがある。それがBNP。心臓が分泌するホルモンで、心臓のストレスを軽減する働きがある。逆にいうなら、BNPが出ている=心臓が弱って心不全が進んでいる証拠なのだ。
血中BNPの正常値は18.4pg/mL未満。40〜100pg/mLで軽度の心不全の可能性アリだ。他にも、心臓から出るNT―proBNPという物質を測る検査でも、同様に隠れ心不全を見つけることができる。
「呼吸が荒くなるといった自覚症状が出てくる前に、BNPやNT―proBNPの値は上がる。高血圧や糖尿病の持病があるなら、内科や循環器内科でこれらの数値を測ってもらいましょう」(野田医師)