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「からまり、立ち止まることば」文・福富優樹|A Small Essay
ウェルビーイングな時間ってなんだろう。様々な人に、その人ならではの視点でエッセイを寄せてもらいます。
text: Yuki Fukutomi Photo: Tarzan
文・福富優樹
小さな頃、ある時期を境に自分のなかの違和感に気がついた。ことばがうまく出てこない、もしくはことばがさいしょのひともじで立ち往生して先にすすめないことがある。じっとりとまとわりつくようなその違和感は意識しだすと余計に大きさを増していき、誰にも説明もできずにどんどんと不安を食べて大きくなっていった。
まちがっても物静かなタイプではなかった僕は、ときおりやってくるそのエラーにどうやって対処しながら周りに極力バレずに会話を続けるか、色んなことをトライ&エラーしていった。ことばがつまることと、ことばが連続で出てきて次に進めなくなることには順番があり、どうやら先に連発がやってくるようだった。そしてその連発を隠すために結果としてことばがつまる。小学生の僕は自力でなんとかここまで自分の身体のエラーについて解析してみせたのだ。両親が好きで録画していた再放送の古畑任三郎を全話観てそのトリックを丸暗記していたからだろうか、なにかにつけて推理したり紐解くのが好きな、ある意味ひねくれて嫌なこどもだったのだ。
小学生高学年から中学生にかけて、いわゆる思春期と呼ばれるような季節の僕にとって、吃音との対峙はなににもまして大きな壁だった。明らかにエラーが表面にでてしまっているのに、周りの友達にほとんど指摘されたことがなかったのも余計に心苦しかった。どんなふうに思われているのだろう、という悩みは10代の入口から中頃までの季節にはあまりにも強大で重たかった。
連発というのは、例えば「ありがとう」ということばを口にしようとした瞬間、正確には口にだすその0,5秒前ほどまえにその予感はやってくるのだけど、あたまの文字、つまりここでいうところの「あ」からなぜか先に進めなくなり「あ、あ、あ、あ、あ」と繰り返してしまうことだ。
この連発を経て「あ、あ、あ、あ、あ、ありがとう」となることもあれば、ひどいときには連発しているだけで一向に先に進めないときもある。原因は分からないけど、これまでの経験則上、緊張する場面や目上の人や初対面の人と話すときに比較的よくこのエラーが発動してしまうことが多い。
ことばのあたま一文字を繰り返してしまうこと、その予感を察知してそれを避けるためにことばがつまってしまう。やばい、きた、と思ってしまうともうそこからは逃れることはできなくて、連発をしてでもそのことばを言うルートか、迂回して違うことばを探してきて会話を続けるか、なるべく文脈上おかしくならない範囲で「びょーん」とか「ぶぃーん」とか適当な擬音を先にだして(このとき身振りも添えるとなんとなく誤魔化しが効くような気がしている)からそのことばをいうか、それかもういっそ押し黙ってしまうかの、どれかのルートを選択することになる。
いつのまにかクセになってしまった、早口でまくし立てるような喋り方も連発を回避する方法のひとつだ。矢継早にことばを吐き出すことでエラーがやってくる隙間を埋める。ある程度はうまくはいくけれど、力技なぶんこのコマンドを繰り出しているときにふいにエラーがやってくると、迂回ルートに入るタイミングがなくものすごいはやさで連発が発動することになり、結果余計に目立ってしまうことになるのだった。
そこであの頃の僕がいちばんに頼っていたのは自分のなかにある、ことばだった。選択できることばを増やしまくって迂回ルートの達人になる。自分のなかのことばにまつわるエラーを、そのことばの数を膨大に増やすことで抱きしめてやろうとおもったのだ。僕は図書館に通って、日本文学の棚をあ行からわ行まで、片っ端から読んでいくことにした。両方、お母さんの影響で好きになったお笑いのネタ番組もスピッツの歌詞も、ことばを集めるのにかなり大きな助けになった。自然と、そしていつのまにか、音楽や文章を書くことを仕事にすることを夢見るようになった。僕は吃音のお陰でこうやって歩いて来たんだと思う。
2024年にリリースした『see you, frail angel. sea adore you. 』というアルバムに「angel near you」という曲がある。自分のなかにいる、自分と似たようにたよりない天使。そんな天使の存在があなた自身の手を取る瞬間についての歌だ。それはもしかしたら、僕にとっての自分のなかにいる”ままならない”もうひとりの自分についての歌なのかもしれない。
自分のなかにいる自分。常に浮かんだことばを先回りしてチェックして「ok!そのまま言っちゃえ!」とか、「ストップ!かわりにこっちのことば使って!」とか言ってくれる天使。僕のなかの天使はだいぶおしゃべりで、騒がしくて愉快なやつだ。ちょっとしたアクシデントをまるで大事件のように騒ぎながら笑っている。トラブル対処こそ生きがい、みたいなところがある。たのしそうでなによりだ。
思うように動けずに、ことばを運んでくることのできない瞬間にふと現れては肩をとんと叩いてくれる天使。それはよくみたら僕が集めてきた、ことばそのものなのかもしれない。僕やあなた、そしてこの世界のさまざまな人たちのなかにそんな存在がいたらいいな、と思う。それは僕にとってはことばであって、誰かにとっては大切な一曲かもしれないし、ぼろぼろになるまで一緒にいる一冊かもしれないし、ふと新しく出会ったなにかかもしれない。

Profile
福富優樹(ふくとみ・ゆうき)/1991年石川県生まれ。京都発のバンド「Homecomings」のメンバーとして、ギターと作詞を担当。2020年より東京に拠点を移し、翌2021年にメジャーデビュー。26年1月より放送されたドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』では主題歌をつとめた。


