林愛望(トライアスロン)「何事も挑戦、 気負わずにやっていければいい」

常に強く大きな女王に昨年勝った。見事に世代交代を果たした彼女は、今、アジア競技大会に懸けている。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2026年7月9日発売〉より全文掲載)

text: Ichiro Suzuki photo: Yusuke Nakanishi cooperation: Nihon Fukushi University

『Tarzan』No.929 on sale July 9, 2026.

林愛望(トライアスロン)のバイクを走っているようす
Profile

林愛望(はやし・まなみ)/2004年生まれ。154cm。小学校時代から駅伝選手として活躍。中学校2年時の18年、オールキッズトライアスロン2位。19年、日本U15トライアスロン選手権4位。21年、日本U19トライアスロン選手権優勝。22年日本スプリント選手権優勝、同年、日本トライアスロン選手権優勝。25年、日本トライアスロン選手権優勝。日本福祉大学、NTT東日本・NTT西日本所属。

3種目ともレベルが高いことが前提だけれど、最後はランの強さが重要。

25年10月に行われたトライアスロンの日本選手権で優勝を果たし、名実ともに日本を代表する選手となったのが林愛望である。彼女は4年前の同大会で、史上最年少の17歳で優勝しているが、ここには日本最強といわれていた高橋侑子は出場していなかった。翌年は、その高橋に次いで2位、一昨年はバイクで落車してこれも2位。連覇したのは高橋だった。

つまり、林はずっと高橋の背中を見続けていて、昨年ようやく日本一へと上り詰めた。その差はわずか17秒差。スイムは2人の選手が抜け出すが、バイクの中盤には追いつき、最終種目のランで高橋との一騎打ちとなり、摑んだ勝利だった。

林愛望(トライアスロン)走っている様子

「日本選手権の前の週に世界選手権があったんです。そのとき、人生で一番ぐらいに10kmが走れて。ずっと36分台ぐらいだったのが、34分台が出た。調子がいいことも自覚していました。その大会には(高橋)侑子さんもカテゴリーは違ったのですが出場していて(高橋はエリート、林はU23)、スイムとかバイクの展開が違ったりして一概には言えないんですが、単純にタイムだけを比べると1分ぐらい速かった。だから、日本選手権ではチャンスはあるはずだし、絶対勝ちたいと思っていました」

林が凄かったのは、ランで2回スパートをかけたことだった。中長距離の選手ならば、誰しもスパートをかけることには多少の不安や恐れを感じる。もし失敗したら体力を失うし、その後の気持ちも重くなりがちだからだ。だが、林は果敢に攻めた。

林愛望(トライアスロン)走っている様子

「ランの前半からちょっと逃げられたらいいと思っていたんですけど、そうはいかず5km過ぎたくらいから仕掛けたんです。でも、差が開かずに、うわっ!と思って(笑)。最後の1周(ランは2.5kmの周回コースだった)にもう1回仕掛けたら、ちょっとずつ離れだした。侑子さんは世界でずっと戦っているし、経験も豊富。スピードも私よりあるので、ラスト勝負になると負けるというのがあった。日本選手権で勝てたのはうれしい気持ちがありますが、やっぱり侑子さんは強かったです」

大会後に、二人はハグをして笑顔で話しているのが印象的であった。この後、高橋は引退を表明した。

後ろに人がいるかどうかは体感でわかる。

「マラソン大会で一番になりたい」。小学校に上がったら、マラソン大会があると聞いて保育園のときに林が口にした言葉だ。「毎日、朝走ったら速くなるよ」と、父親の答え。驚くことに彼女は、そこから6年間、毎日休むことなく走った。水泳を始めたのも同時期。ただ、その理由は風邪をひきやすく、水泳で丈夫になるかもと、母親が考えてのことだった。

小学校4年頃には水泳とランで競うアクアスロンの大会に出場するようになる。その流れでトライアスロンを始めた。この競技は、ひと昔前は水泳が得意な選手が優位とされてきた。なぜなら、水泳は陸上とはまったく異なった環境下で行う運動で、それだから習得するのにも時間がかかるのである。だが、現在ではそれが大きく変わったと林は言う。

林愛望(トライアスロン)ストレッチしている様子

「3種目ともレベルが高いのが前提ですが、最後はラン勝負ですから、これが強くないとどうしようもない。今、世界で戦う選手の中には(陸上の)田中希実選手ぐらいの記録を持っている人もいますからね」

つまり、日本の中長距離のトップと変わらないということ。10km、陸上で言う1万mを30分台で走る。林が34分台だから、差はまだ大きい。

ただ、彼女には際立った才能があるのも確か。そのひとつが、スイムのときの位置取りだ。泳いでいるときには、隣の選手しか見えないのが普通だ。競泳の選手がレース後に「レーンが離れていたので、わからなかった」とよく言うことでもわかる。しかし、林は自分の周りの状況を摑んで泳ぐことができる。

林愛望(トライアスロン)泳いでいる様子

「スイミングキャップにレース番号が書いてあって、本番前に誰が何番かは頭に入れています。レース中は、前や横にいる選手はヘッドアップすればだいたいわかる。それに、誰がここを泳いでいるとか、このスペースに選手が入ってきそうだということは感じています。後ろは見えないんですけど(笑)、選手が後ろにいるかどうかは体感でわかります」

体力をできるだけ温存して泳ぐためには、この感覚は重要であろう。もうひとつの種目、バイクにはまだ伸び代が多く残っているようだ。

「練習では2人、多くて4人ぐらいでしか乗っていない。だから、周りに人がいる状況があまりなくて、怖い。20人とかの集団で走っていると、前がちょっとでも行ったら、追いつけなくなる。ポジション取りや展開に関しては、これからレースで経験を積みたいと思っています」

現地で応援するという声もたくさん聞いている。それを力にできればいい。

3種目で高みを目指す、その練習は半端ではない。たとえば、今回の取材は2日間行ったが、1日目は朝1.5kmのランをキロ4分のペースで6本。午後1時から3時間の水泳の練習。これは通っている日本福祉大学の水泳部に加わる。監督が入学時に誘ってくれたのだ。そして、午後5時からは自身が所属する陸上競技部の練習。全国出場はまだないが、東海地方の強豪である。

この日はクロスカントリーで、キロ4分と4分40秒を交互に12kmを走る変化走を行った。翌日の朝はバイクで片道10kmの距離を2往復。ここで取材は終わったが、午後、夕方と練習は入っているはず。休みは日曜日だけ?と聞くと、「ありません。遠征に行く時の飛行機の中とか、あとは4週連続で大会があったときは最後の大会の次の日は休みです」と笑う。

林愛望(トライアスロン)バイクを持っている様子

今年9月、アジア競技大会が名古屋で行われる。愛知県の西尾市と知多半島を練習拠点としている彼女にとっては、地元といってもいいだろう。トライアスロンはワールドカップなどが開催されてきた蒲郡市で行われる。林の暮らす場所からも近い。

「去年のアジアトライアスロン選手権では、1位が侑子さん、2位が私で3位が武中(香奈枝)さんでした。ただ、これまでアジアでは日本が強いといわれたけれど、最近は中国が上がってきている。自分も中国の1人の選手に、4連続で負けていますし、他の選手も急に強くなるかもしれない。ただ、地元開催だし優勝したいです。現地で応援してくれるという声も、たくさん聞いているので、力にできればと思っています。ロサンゼルス・オリンピックのランキングのポイントも、もう始まっているのですが、これまでオリンピックを意識したことがなくて怖い部分がある。でも、やっぱり何事も挑戦だし、気負うことなく練習やレースをやっていけばいいと思っています」