「執筆で不健康になるために、執筆以外でいかに健康でいられるか」哲学者・福尾匠さんの非ルーティン的生活。|時間割とコンディショニング
世界にはさまざまなタイムラインで働く人がいる。超多忙な生活を送りながら、潑溂と活動をしているあの人は、いったいどうやって日々、コンディションを整えているのだろう。連載5回目となる今回は、話題作『置き配的』の著者で哲学者の福尾匠さんが登場。「時間よりも空間に紐づいている」という日々の生活と、気の散りやすさを飼いならすために整えられた独自の執筆環境に迫る。
text: Sogo Hiraiwa photo: Hiroyuki Takenouchi

Profile
福尾匠(ふくお・たくみ)/1992年生まれ。哲学者、批評家。博士(学術)。新刊『置き配的』。『非美学――ジル・ドゥルーズの言葉と物』で紀伊國屋じんぶん大賞2025受賞。その他の著書に『ひとごと――クリティカル・エッセイズ』、『眼がスクリーンになるとき――ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』、共訳書にアンヌ・ソヴァニャルグ『ドゥルーズと芸術』がある。Podcast「シットとシッポ」共同ホスト。
Morning
- できるだけ早く家を出る。
- 一食目は“飲むタンパク質”。
- 執筆はiPad miniとノートで完結させる。
歩きながらプロテインを補給。

iPad miniと折りたたみ式キーボードとノートが執筆のために持ち歩く三種の神器だ。iPadはminiの幅感と縦置きが肝。「左右の余白がありすぎず、一覧できる字数もちょうどいいんです」と福尾さん。
哲学者・福尾匠に朝はない。
人と会う予定がなければ、起床は12時頃。起き抜けに、ベランダか換気扇の下でメンソールのキャメルを1本吸う。
「タバコを吸いながら、今日どうしようかを考えるんです」
一服ののち調子がよければ、すぐに家を出る。とはいえ、そうならない日も多い。
「スマホを見て、メールとかSNSの通知に気を取られると大変で。僕はADHD的なところもあるから、ひとつのタスクをやらなきゃと思ってからそれを始めるまでにいろんなことが起こるんです。メールを1本返すにしても、別のメールに目が移ったり、これからしばらくメールを返すからコーヒーを淹れようとしてみたり、いやコーヒーを淹れる前に歯を磨こうか、とか。で、そうこうしているあいだにメールのことを忘れてしまう。朝だけでも、何度もそういう迷路にはまってしまうことがある。そうなるともう、起床後30分ぐらいで疲れちゃうんです。だから、起きてから家を出るまでの時間が短ければ短いほど理想的なんです」
家を出ると、近所のカフェへ歩いて向かう。メインの仕事である原稿執筆をするための“仕事場”だ。
「近所にイセザキモールっていう商店街があるんですよ。そこにあるドトールとかベローチェにまず入ることが多いですね」
1日の最初の食事はカフェに向かう道すがら飲む。コンビニで買うプロテインドリンクである。
「最近よく飲んでいるのは、オイコスのプロテインドリンクです。紙パックの飲むヨーグルトみたいな感じなんですけど、それだけでタンパク質が18グラム摂れるんですよ。タンパク質は筋肉どうこうにかかわらず、調子の良さに関わるので大事だなと思っています。あまり糖質を欲しなくなる感じもあるし」
夜までドリンクだけで腹をもたせるわけではない。カフェでは軽食も摂る。
「ドトールのアンパンもよく食べます。クリームとかが入っていないストレートなアンパンなんですけど、皮が薄く餡がぎっしり入っていて、甘すぎないのがいいんです」
カフェで行なうのは主に雑誌連載や次の書き下ろし本のための執筆だが、つねにタイピングをしているわけではない。
「原稿は毎日書きたいなと思っているんですけど、パソコンを開いてみたもののまったく書けない日も全然あります。書けないときは読んだり考えたり。でも最近は、書く時間と読む時間をあんまり分けてないですね。書きながら、必要になったら読むみたいなスタイルです」
卓上には意識を目の前のテキストから逸らさないための、工夫を凝らした執筆ツールが並ぶ。
「色々と試して、iPad miniと折りたたみ式のキーボードに落ち着きました。マウスを使わないのがポイントです。というのも、たとえば2時間原稿を書いているとして、そのうち実際に文字を打っている時間ってめっちゃ少ないはずなんですよ。止まってる時間のほうが圧倒的に長い。その、手が止まっているあいだに、いかにしてほかのものに気が散らないようにするかがとても難しい。そのあいだにスマホを見たり、ほかのアプリを開いたりすると、原稿になかなか戻れなくなるので、できることを限定しているんです。トラックパッドとかマウスがあると、意味もなくスクロールしたり、手遊びしたりしちゃうんですけど、iPad miniだと書くしかない。いかにすぐ原稿に戻れるか、ということが僕にとっては大事なんです」
iPad miniの傍らには、いつもノートを置いている。
「次のセンテンスが思いつかないときに、最後のセンテンスをまるまるノートに書き写すんです。で、次に書きたいことを箇条書きしたり、あるいは次の文の候補を何個か書いたりしているうちに、これならいけそうだという筋道が見えてくる。手が止まったらノート、思いついたらiPad miniみたいな。それが今のところいちばん集中しやすいですね。手が止まるのはしょうがないから、気が散る先を限定して、いかに速く原稿に戻ってこれるかが大事だと思います」

仕事柄、同じ本を何十回も読むという福尾さん。気になる箇所にはかたっぱしから付箋を貼る。「でもそれだと溜まっていく一方なので、プロジェクトが一区切りしたところで、付箋は一度全部取って、別のプロジェクトになったらまた読み返しながら、新たに貼っていきます」。色の使い分けはしない。
Afternoon
- 数時間ごとに喫茶店を移動する。
- タバコは毎日きっかり20本。
- 帰宅前に“ノンカフェイン・タイム”を設ける。
健康を損得で考えすぎない。

「執筆はどうしたって不健康なものだと思うんです」と福尾さん。「文章を書くのは自分を追い込むことでもあるので。だから最近は、執筆で不健康になるために執筆以外でいかに健康でいられるか、を考えはじめています」


横浜は馬車道通りにある紅茶専門店〈サモワール〉は、福尾さんが通う贔屓のカフェのひとつ。茶葉と生クリームをたっぷり使ったアイスロイヤルミルクティを飲み、ヘッドホンで音楽を聴きながら原稿に向かう。
カフェや喫茶店は、1日に数軒はしごする。
「1日3軒くらいはしごすることもあります。たとえば、1軒につき2時間ずつとか」
移動は気分転換であると同時に、文章を書くうえで必要不可欠なものでもある。
「僕が普段何をしているのかというと、端的に言えば、近所をうろついているだけなんです。この関内のあたりって、イセザキモールもそうですけど、平日の昼間でもスーツ着ている人がほぼいないんです。でもいろんな国の人とか、昼間からぶらぶらしているおじさん・おばさんが大勢いて、通りに賑わいがある。それが開放的で、気が楽なんですよね」
関内のエリアは、喫煙者にとっての“楽園”でもあるという。
「ここらへんの喫茶店って、ほとんど喫煙可能なんですよ。都内とかだと喫煙ブースがあっても電話ボックスくらいの狭さだったりするんですけど、関内のあたりはまだこの〈サモワール〉みたいに、席でタバコが吸える店があったりして」
タバコは毎日20本吸う。さりとて、毎日吸うことを決めているわけでない。むしろ一箱分のタバコが日々の営みに節目を与えるひとつのトーテムになっている。
「基本的には原稿の〆切以外、時間に縛られない仕事なので、正直、時間割で動いている感覚がほとんどないんです。“何時から何をする”というよりかは、“ドトールに行ったら原稿を書く”みたいに、空間に習慣が紐づいている。タバコをきっかり20本吸うことも、また別の時計というか、自分の生活の区切るひとつの基準になっているんです」
喫煙は20歳の頃から続けている。やめようと思った時期もあるというが、今は単純な息抜きとして「吸っていい」と判断している。
「タバコをやめなきゃなと思う時期もあったんですが、最近は“これをやって、あれをやめる”じゃなく、“どっちもする”でいいんだ、と思っています。タバコも吸うし、ランニングもするでいいじゃん、と。ランニングしているのにタバコを吸ったら台無しだと思うかもしれないですけど、そうやって健康を損得勘定で考えすぎるとしんどくなるんですよ」
しんどくなったのは、福尾さんの実体験だ。
「コロナ禍のときに、ずっと体調が悪かったんです。寝起きもスッキリしないし、腰も痛い。肩こりもあれば、頭痛もするみたいな。それで一時期、健康オタクみたいになったんです。サプリメントを何粒も飲んだり、鍼治療や整体に行ってみたり。YouTubeとかTwitterを開いても、アルゴリズムで健康関連の情報しか出てこなくなって……そうなると、座り方とか呼吸法まで気になり始めるんです。これでいいのか? みたいな。健康に包囲されて、神経症みたいになっていたんです。でも今から思えば、体調が悪かったのは、単純にストレスというか、単著の準備とかで原稿が重なっていた時期と重なっていて。本を書き終えて仕事がひと段落したら、体調も勝手によくなったんです。だから、自分でどうこうすることでもないんだな、と。ここ1年くらいは健康のがんじがらめから解放されて、すごく楽しいし、調子もいいですね。僕がよく思うのは、”自律神経をととのえる”というのは怖い言葉で、たんに「ストレス」と言っていた頃のほうがずっと牧歌的だったなということです」
2度目の食事は、カフェをはしごする合間に摂る。
「昼ごはんはカフェを1、2軒回ったあとに外で食べることが多いです。16時とかそれぐらいに。もしくは起きるのが遅い日は、僕の昼ごはんと妻の夕ごはんの時間が重なって、19時頃に家で一緒に食べることもあります」
ひと通り仕事が終わると家に向かうが、途中でまたべつのカフェに立ち寄ることもある。今度は書くためではなく、リラックスのためだ。
「夕方とか夜に、スタバでほうじ茶ラテとかを頼んで、ノンカフェイン・ノンニコチンで過ごすんです。頭をクールダウンさせるために。昼間はコーヒーとかタバコみたいに自分をせきたてるものばかり摂取して、オーバーヒートしている状態なんで、その時間はめっちゃ落ち着きますね」

Evening
- 食べたいものを自炊する。
- 鼻呼吸をキープして10キロ走る。
- 「ツボぐりぐり君」でお尻をほぐす。
ルーティンよりも自由が大事。

「時間よりも場所に習慣が紐づいている」と福尾さん。近所を歩き、街全体を使って、思索を深めていく。深夜のランニングで通りかかる街は、昼間とはまた異なる表情をのぞかせるのだとか。


帰宅時間がパートナーと合う日は、帰りしなにスーパーに寄って食材を買い込み、料理をする。
「大学に入った頃に自炊を始めてから、料理はずっと好きですね。料理をしている時間は頭がいちばん静かになる気がします。火にかければ物質の側が不可逆的に変わってしまうので注意散漫が限定されるというか。自分が食べたいものをつくるという感じで、特に健康に気をつけた献立は考えていないんですけど、妻が揚げものが好きじゃないので、自動的に油ものは控えめになっているかもしれません」
夜のあいだ、家ではほとんど原稿を書かない。
「さっき話したように、家だとどうしても気が散るので、〆切に追い込まれていなければ基本的には書かないですね。家ではメールを返したり、週1回受けもっている大学の授業の準備とか提出物の採点をしたり、事務的な仕事をすることが多いです」
深夜近くになるとシューズを履き、ランニングをしに夜の街へ出る。
「10キロほどのコースを音楽を聴きながら、1時間ぐらいかけて走っています。走る時間はまちまちで、昨日は22時ぐらいから。それでも早いほうで、夜の1時から走り始めることもあります。さすがにその時間だと、妻から『何やってんの?』って心配されますけど」
ランニング中は何も考えない。
「放っておくと頭のなかでざわざわ言葉が渦巻いてしまうので、ランニングとか料理で意識的に“無”の時間をつくっているんです。むしろランニングのときは自分の姿勢とか、呼吸の辛さとか、走っているその状態を気にしながら走ってます」
走行距離やタイムの目標を定めず、疲れないペースで走るのもポイントだ。
「定期的に走りたくなる期間があるんですけど、これまではずっと、目標を設定していたんです。毎回距離を伸ばすとか、前の日よりもタイムを縮めるとか。でも、それだとしんどいし、やっぱり続かないんですよ。それで今は、鼻呼吸でいけるペースで1時間、その結果走ったのが8キロでも9キロでもそれはそれでOK、みたいな感じでやってます」
走り終えて帰宅したあとは湯船に浸かる。その後、ストレッチと《ツボぐりぐり君》で身体をほぐす。
「《ツボぐりぐり君》は健康オタクになっていた時期に出会ったマッサージ器具のひとつです。木の塊が左右にふたつ並んでいて、そのうえに仰向けで寝そべって身体を揺らしながらゴリゴリするんです。肩甲骨の内側とか、仕事がら長時間座ってこわばっているお尻まわりを重点的に。一時期家にめっちゃ健康グッズがあったんですけど、そこからどんどん淘汰されていって、今残ってるのが《ツボぐりぐり君》です。僕の経験では、腰痛は腰ではなくてお尻が硬くなっていることが直接的な原因ですね」
就寝は4、5時ごろ。寝る前のルーティンはない。というより、「わからない」のだと福尾さんはいう。
「何してるんだろうな。僕も謎なんですよね……本当に毎日が新しすぎるというか、どうやって寝てたんだっけ?って毎晩わかんなくなるんですよ。風呂に入ればいいっていうのはわかるけど、その後は何するんだっけ?って。最近はなぜかめっちゃ漫画を読んでましたけどね。2週間で200冊くらい。実際ダラダラしてるし、そうとしか見えないこともわかるけど、でもずっと考えてるんですよ。ずっと回転している思考を自分で受け止めきることができないから、結局書くしかないのかもしれません」
そのわからなさは「習慣がないこと」よりも、「自由であること」と結びついている。
「村上春樹みたいに毎朝5時に起きて3時間書くとか、全部ルーティンが決まっている生活への憧れはずっとあるんです。それこそ健康や仕事術のコンテンツでもしきりにルーティンが大事だと言われているし。だけど最近は、そうできていない自分を責めるのもよくないんじゃないかと思っていて。というのは、見方を変えれば、ルーティンがない状態は自由がたくさんあるってことなので」
ルーティンは日々の生活をよりよく過ごすための「日常の規則化」である。ところが、ルーティン化をすればするほど、日々の柔軟性は失われていく。
「僕はどこかで、ルーティンよりも自由のほうが大事だろうと思っているんです。それを誰も言わなくなっていることのほうが不思議というか。習慣が固定化されているがゆえにわかんなくなっちゃうこともあるはずだし、自由をたくさん確保しているからこそ今の仕事が回っている感じもあって。そこの割り切れなさはずっとあるんですよね。少なくとも今のところは《ルーティンより気分が大事。時間割ではなく空間に習慣を紐付ける》というのが僕の性にあっている感じがします」




