〈ASICS〉の《META SPEED EDGE TOKYO》|履きたい、走りたい

styling,text: Masayuki Ozawa photo: Kae Homma hair&make-up: Moe Hikida

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シューズ《METASPEED EDGE TOKYO》 29,700円、ノースリーブシャツ 4,950円、ショートパンツ 8,250円、トラックジャケット 19,800円、パンツ 20,900円 以上〈ASICS〉、問い合わせ先:アシックスジャパン

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文・小澤匡行

池井戸潤原作のドラマ『俺たちの箱根駅伝』が始まった。中学の同級生が監督しているという縁もあって、毎週楽しみに観ている。その彼は同じバスケ部だったが、足がとにかく速かったために駅伝部に早い段階からスカウトされた。顧問から話しかけられた時に「たまたま」僕が一緒にいたから「ついで」に入部を勧められ、陸上人生がスタートした。僕は小説である程度読んでいるから大筋は知っているが、駅伝をよく知っている彼なら、きっと多くのランナーの心にも響く作品を作るだろう。

ランニングとはどんなスポーツか。近年の大きな盛り上がりは、その答えを明確にするどころか、むしろ選択肢を増やし、いろいろな価値観を与えている。昨日の自分を超え、未来の自分をつくるための挑戦か、繋がりを実感することなのか。すべてを正解にして、そのために楽しめることが増えている。誰もが同じ「走る」という行為をしているのに、その目的がまったく違うところに、ランニングの豊かさ、おもしろさがあるのだろう。競技としてのランニングに、文化としてのランニングが入り込んで、お互いの境界がどんどん曖昧になっていく。

僕にとって、ランニングは一人で完結していいスポーツであると言い聞かせている。久々に彼と会い、思い返せば、僕と彼の能力が違うのに、チームとして目指すべき頂に向かって、みんなで頑張っていた。それは青春だったが、そういった、人と目線を合わせることに、僕は疲れてしまったのかもしれない。誰かに勝たなくてもいいし、誰かと同じフォームで走る必要もない。タイムは絶対的に数字として残るし、それでもまだ自己ベストを更新したい気持ちはあるけれど、至る過程は人それぞれだ。僕にとってタイムは、若さの実感値ともいえる。記録が伸びていくのは楽しいが、年齢を重ねるほど、停滞しているときにどう自分を見つめられるかが、大切になる。

人と一緒に走ることが性格的に嫌いなわけでも、苦手なわけでもないのに、なぜそう思うのか。僕にとってランニングは、仕事の裏側にある仕事でもあるからだ。編集という仕事をしていると、誰かの意見や判断があり、そこに評価があり、期待がある。こうして原稿を書いていても、一人でできることなど多くない。だからこそ、走る時間は、社会とのつながりから少しだけ離れていたい気持ちがあって、自分にだけ強制されてわざわざ苦しいことをしている。その結果を喜ぶのも、落胆するのも、自分だけでいい。ランニングにおける自由とは、そういうわがままなもので良いと思う。

シューズの進化によって、僕たちは以前より速く走れる可能性を手に入れた。しかしどのテクノロジーを選び、履きこなすかは自分次第である。目的に合った一足を探す難しさは、自分を探すことに結びついているのだろう。そうして久しぶりに選んだのが〈ASICS〉だ。学生の頃、僕は目標を達成するためにどうしても〈ASICS〉が不可欠だった。チームのエースとしての責任を背負った彼も、チームの駅伝メンバーに選ばれるために頑張る自分も、同じモデルを履いて襷を繋いだ。強くなるためのシューズに選ばれていることが、ブランドへの信頼だった。

今回、僕が選んだのは《METASPEED EDGE TOKYO》である。この「METASPEED TOKYO」というシリーズには、「RAY」「SKY」「EDGE」の3モデルがラインアップされている。そのうち「SKY」と「EDGE」は、異なる走法に着目して設計されている。簡単にいえば、「SKY」はストライド型、「EDGE」はピッチ型のランナーに向けたモデルだ。僕は身長が高いというだけで、ずっとストライド型だと言われていたが、よく考えればたしかに一歩はそれなりに大きいが、身体のサイズと走法は、必ずしも一致しないんじゃないかと思った。1分間にピッチがいくつだから、とマニアックに分析するより、ただスピードを上げる時の自分を想像して、「EDGE」を履いてみたいと思ったのだ。

アッパーの素材は透けるように薄く、ソールは弾むように厚い。横から見るとまるで靴ではない何かの乗り物のようだ。最近はカーボンシューズを履いていなかったこともあり、なかなか靴がしなる感覚を掴めないが、平地なのに下り坂を走っているような感覚だ。僕のゆっくりとしたペースでも助力感がちゃんとあって、脚が回っていくのが楽しい。

今さらではあるのだが、僕の知っている〈ASICS〉はもういなかった。若い頃に周りが求めていた「とにかく強くなりたい人のためのシューズ」の印象が大きすぎて、しばらく僕の選択肢から外れていた。でも、大きなマラソン大会で周りを見渡していると、いろいろなランナーに愛されていることがわかる。靴には最新のデザインが表現されている一方で、部活の時代を思い出すレトロなトラックジャージが、ファッショナブルに復刻されている。実直なスタンスは何も変えずに、新しいクールを表現しているように思える。

もっと走れるようになりたいと思っている。その気持ちは、学生時代とあまり変わっていないかもしれない。ただ、速さを求めるその過程には、昔には存在しなかった価値観が、僕の中にも広がっている。久しぶりに〈ASICS〉を履き、同級生との昔話に花が咲き、そんな時代をお互いが走っていることに気付く。一人で走ることを望んでいても、他人と無関係であることとは違うし、繋がることは楽しい。この矛盾には、まだ名前もついていない、知らない何かがあるのだろう。